第1章 Act.1
「悠ちん、何か付けてる?」
『うん、香水付けてるけど……臭いかな?』
「う~んうん、良い匂い~」
『ふふ、やだぁ!変態見たい!』
紫原は悠鬼の首に顔を近付けて、鼻でクンクン匂いを嗅ぎ始める。
擽ったそうに笑う彼女からは、毎日甘酸っぱいオレンジの香りがほんのりした。
紫原の前で、悠鬼は常に笑顔を絶さずに居た。
今までお菓子にしか興味のなかった紫原の心を、徐々に変えて行く程眩しくて温かい笑顔を……
でもある日の放課後、紫原の所属する男子バスケ部の練習を見に来た彼女は、暗くて寂しそうな顔をしていた。
「悠ちん……どうしたの?」
『むーちゃん、ちょっとどういう練習してるのかなぁって気になって……ふふっ、見ても意味はないんだけどねぇ』
悠鬼が体育館の入口に立っているのに気付いた紫原は、初めて見る相手の表情に戸惑ってしまうが、取り敢えず普段の様に近付いて抱き付いてみた。
笑っているけど、何だか言いにくそうに苦笑いしている。
そう話した後、悠鬼はいつも通りニコッと微笑んで、紫原の顔の汗をハンカチで拭いてやる。
『バスケ楽しい?』
「別に楽しいと思ってやってないよ、出来るからやってるだけ~」
『あんなに上手なのに……』
「俺の事より……悠ちん、バスケ部なんでしょ~?部活は?」
以前バスケ経験者だと言って居たので、紫原はてっきり悠鬼は女子バスケ部に入っているのだと思っていた。
しかし相手は紫原の言葉で、また表情が曇ってしまう。
『去年の試合で、左肩を壊しちゃって退部したの。今は帰宅部だよ』
「今も痛い?」
『痛みは引いてるし、普通に生活も出来るよ……でも激しい運動は無理かなぁ?』
紫原は「痛い?」と聞きながら、彼女の左肩を優しく撫でる。
自分よりずっと小さく、力を入れたら砕けてしまいそうな身体を……
『私、人の試合や練習を見てるのも大好きなの!……だからむーちゃんも頑張って?』
そう言って悠鬼は、紫原を自分から離させて反転し、練習に戻る様に背中を押す。
紫原が顔だけ後ろを振り向くと、相手はニコニコと可愛い笑顔を見せてくれた。
「うん。悠ちんが見ててくれたら、少しはやる気出るかも~」
『そう?なら終わるまで見て様かなぁ~』