第38章 ゼロ地点の結界より
そんな中で、自分たちだけが、こんな環境に置かれている。
本当に気味が悪い。
外に出ていろいろ調べるべきなのだろうが、そんな気は起こりそうになかった。
窓をしめ、意味があるのか疑問だが、鍵をかける。
カーテンを引いて街並みを見えなくし、ソファにごろんと寝っころがった。
なにか使えるかもしれない、と別の部屋から持ってきた数冊の本をひらいてみる。
暗号方式についての書物らしいが、理解するには二度三度と、同じ文章を読みなおす必要があった。
秘匿通信のための暗号は、現代ではおもに、「公開鍵暗号」と「秘密鍵暗号」とやらがあるらしい。
今読んでいる本は、「量子暗号」について中心的に書かれている。
説明文には、“アリス”と“ボブ”が頻繁に登場していた。
「当事者Aが当事者Bに情報を送信する」
という文章ではわかりづらくなるため、“アリス”のような具体的名前を使うようだ。
ふと、ヨンスの言葉を思い出す。
「ヨンス」
呼びかけるが、返事はない。
夢中になってキーボードをたたいている。
やれやれと、香は手元のクッションを投げつけた。
「おわっ!?」
見事後頭部にヒット。
驚いたヨンスがふりかえる。
「な、なんなんだぜ~?」
「“イブ”ってWho?」
クッションを拾いながら、ヨンスはきょとんとした。
それから香の手にある本を見て、あぁ、と説明を始める。