第1章 君に手向ける
しばらく気まずい空気が漂っていたが、銀時は沈黙を破るように行動に出た。自転車の荷台に積まれている紙芝居の束を全てを手に取り、抱える。恐らく十巻以上の昔話がまとめられているだろう。
「なら、コイツは俺が貰う。」
「坂田さん?」
「もう紙芝居はしないんだろう? んじゃあ、俺がコレ貰っても何の問題もねーはずだ。」
腕いっぱいの紙束を、銀時は貰い受ける事を宣言した。それに対して戸惑うのはもちろん小夜である。やめるとは決めたものの、やはり紙芝居自体は手放したくない気持ちもある。未練の残る表情が滲み出ていた。しかし銀時は優しげな声で、小夜に話しだす。
「アンタがここでガキ共の相手してた証拠と、アンタがここで生きてた証は俺がしっかり持っといてやる。だから、何かやりたい事が見つかるまではゆっくり休んでな。大事なモンだってのは知ってるけどよ、手元にあったらまた公園(ここ)に来るだろ、アンタ。」
言われた言葉には真理が含まれていた。確かに、紙芝居を持っていたらまた子供達に会いに来るだろう。たとえどんなに子供達から無視されようとも、僅かな希望を持って足を進めてしまうはずだ。次はきっと話しを聞きに来てくれるだろう、と。それでは長年続けて来た紙芝居師という生活に、終止符を打つ事が出来ない。
辛いが、小夜は納得して銀時に紙芝居を譲った。彼ならきっと、子守りの依頼でこれからも使ってくれるだろうし、大事にしてくれると信じて。
そして最後に一つだけ、小夜は紙芝居師として銀時に問うた。
「坂田さんは、私の紙芝居、すき、でしたか……?」
「おう。」
問われた質問に間を空ける事なく、銀時は笑みを浮かべて返事をした。それだけ聞けば、小夜は安心した表情になる。
「そう、ですか。良かった。」
満ち足りた表情で小夜がつぶやけば、一陣の風が吹いた。