第1章 Memory
黒崎先輩のその言葉に、俺は先輩の小さな手の中におさまっているスマホに目をやる。
そう言われれば、今まで彼女が持っていたのは今となっては希少な折り畳み式の古い携帯だった。
「前の携帯壊れちゃったの。そんで、今まで撮りためた日吉の写真が全部パーになっちゃったの」
悲しそうな顔でこちらを見つめる黒崎先輩の声は震えていた。
もう彼女は今にも泣きそうだった。
携帯が壊れたくらいで泣かずともよいものを、と俺はその時思った。
これからまた少しずつ、写真を撮ってためていけばよいのではないのか、単純な疑問が頭に浮かぶ。
それだけ黒崎先輩が俺の写真、俺のことを大事にしてくれているのは純粋に嬉しいとは思ったが。
俺のその単純な疑問は、次の黒崎先輩の言葉で一気に解決した。
それと同時に大きな動揺を俺にもたらした。
「…今日で氷帝に来るのも最後だし、日吉をめいっぱい撮っておきたかったの、メモリーを日吉でいっぱいにしたかったの。
…離れたくない、忘れたくない、日吉に毎日会えるようにたくさん写真を撮りたかったの!」
大粒の涙がぽろぽろと黒崎先輩の目から溢れ出ていた。
突然の告白に俺はただ茫然とするしかなかった。
今日で氷帝に来るのが最後って、どういうことだ。
あんたはあと半年で卒業するはずじゃないか。
なんでこんな半端な時期に?なんで最後の日に言う?もっと早く知りたかった、そうすれば今日だって、今までだってあんな風な態度はとらなかった。
最後だと知っていたなら―。
「な、どういう、ことですか?今日で最後って…」
「引っ越すことになったの。海外に」
それだけ言って、黒崎先輩は顔をおおってわんわん泣き始めた。
体を大きく震わせて泣く黒崎先輩の背中をそっと優しくさする。
それに小さくぴくり、と先輩は反応し、少し声を落として泣いた。
「急すぎて、自分でも、整理つかなくって、今まで、迷惑いっぱい、かけてごめん、日吉、ごめんね、」
ひっくひっくと泣きながらつっかえつっかえ黒崎先輩は俺に言った。
つぅっと冷たいものが自分の頬を伝うのが分かった。
知らず知らずのうちに、涙が流れ出していた。
「な、泣かないでよ、日吉、らしくないよ」
静かな俺の様子をうかがおうとした黒崎先輩と目があう。