第1章 Memory
俺の頬に伝うものを見て、黒崎先輩が動揺する。
「っ、だって、最後って」
そんなの嫌だ
俺だって離れたくない
それもこんな急に
俺はまだ何もあなたに
「笑って、日吉」
ふいに、黒崎先輩がスマホを構えながら、俺に笑顔になるように要求してきた。
まだ涙は乾いていない。それどころか、とめどなくあふれ出している。
「こんな状況で、よく、言えますね」
「最後だから、笑って」
「笑えるわけ、ない…でしょう…」
「笑ってよ」
黒崎先輩は泣きながら微笑んで、明るい声でそう言った。
あんただって笑えてないのに、俺に笑えるわけがない。
「無理ですよ、笑えない」
「お願い」
黒崎先輩も無理だと十分承知しているのだろう、お願いと言いながらも、その声に先ほどまでの力はない。
「…一瞬だけですよ」
俺は無理やり感情を押し込めて、めったにしない笑顔を作った。
正確には作れていたのかどうか甚だあやしかったが、俺の精一杯の笑顔を、黒崎先輩は真新しいスマホで写真におさめた。
大事そうにそのスマホを胸に抱きながら、黒崎先輩は俺に頭を下げた。
「ありがとう…ごめん、部活前にこんな…」
「いえ…黙って行かれるより良かった。黒崎先輩ならやりかねないですからね」
小さく鼻をすすりながら言う俺に、黒崎先輩はなんで分かるかなぁと小さくつぶやいて、笑った。
「黙って、行くつもりだったよ」
「そんなの許しませんよ。俺はあんたに今まで散々世話になりましたからね。言いたい文句がどれだけあると思っているんですか」
「文句なら聞きたくないもの」
先ほどより明るく、黒崎先輩が笑う。
おだけたように答えるその姿に、いつもの黒崎先輩が戻ってきたことを感じて、安堵する。
「…文句だけじゃないですよ。あんたが好きだってことも伝えたかった」
「…っ、そんなついでみたいに」
「一応こっちが本題なんですけどね」
俺の言葉にまた黒崎先輩が泣きそうになる。
笑ったり泣いたり、忙しい人だ。
そんな姿を見た俺も、また涙がでそうになった。