第1章 Memory
「ひっよしー」
休み時間になるなり、教室のドアから自分を呼ぶ大きな声が聞こえた。
視線をやらずともそれが誰なのか分かるところが悲しい。
クラスメイト達が興味深そうに、俺とドアのところにいる人物と交互に視線をやっている。
その好奇の目にさらされる時間を少しでも短くしようと、足早にドアへと近づき、先輩の腕をつかんで教室から離れた。
「おっ、積極的ぃ~」
「誰のせいですか!休み時間早々なんです?あんたちゃんと授業受けてました?3年の教室は棟が違うでしょうに」
なぜ授業終了のチャイムとほぼ同時に俺の教室に来てるんだ。
いくらこの人の人離れした動きをもってしても不可能だ。
「いやだ、そんなに質問攻めにしないでっ」
「気持ち悪い声ださないでください」
「ひどい。それが先輩に対する態度かい?」
だったらもっと尊敬されるような言動をしてください、と喉まで出かかったが、そんな言葉をこの人に放ったところで何も変わらないことに意識がいき、言葉を呑み込む。
文句を言う先輩を無視して、ひたすら人気のない場所を探す。
ずるずると黒崎先輩をひきずったまま、屋上へ続く階段へと向かい、着くなり先輩を解放した。
「わわっ、もっと優しくしてよぉ」
「十分すぎるくらい優しくしてますよ。窓から投げ捨てないだけありがたいと思ってください」
冗談に聞こえない声で口元だけあげて笑う。
きっと俺の目は笑っていないだろう。
それでもそんな俺の態度に動じることなく、黒崎先輩はサッとスマホをポケットから撮りだす。
「ささっ、始めますよ!手すりにひじ乗せて頬杖ついて!」
「はぁ?」
「時間ないから!そのポーズでいこう」
「いや、なに勝手に」
「ほら、早く早く!」
黒崎先輩の視線はすでに手中のスマホの画面にだけ向けられていた。
俺がポーズをとるのを今か今かと待っている。
ピカピカと赤く光るスマホのランプまで、俺を急かしているように見えた。
ポーズをとらなければ、黒崎先輩は俺を解放しないだろう。
たとえ授業のチャイムが鳴ろうとも、ここから動くことを許してくれないのは目に見えていた。
黒崎先輩の制止を無視してこの場を去ることくらい、訳もないことではあるが、俺はこの戯れに興じることにした。