第1章 Memory
「ひよしー!」
声のする方を振り返ると、すぐさまカシャっとシャッター音が響いた。
我ながら間の抜けた顔をしていたと思う。
名前を呼ばれてすぐに写真を撮られるなんて、予想だにしていなかったのだ。
しばし呆然とし、状況を把握するまでには少し時間がかかる。
そんな俺のことなどお構いなしに、立て続けにシャッター音が鳴り響く。
「いいねー!いいよー!そこで小首を傾げてみようか!」
何がいいと言うのか。
どこぞのグラビアカメラマンのようなセリフと笑顔と、その妙な動きに俺の眉間には自然と皺が寄る。
ようやく状況を呑み込めた俺は、深い深いため息をついた。
朝っぱらから厄介な人に出会ってしまったもんだ。
「勝手に撮るのやめてくれませんか、黒崎先輩」
「ごめんごめん!自然な表情の日吉が撮りたくってさ」
「だからって本人の承諾なしに撮るって、犯罪じみてますよ」
「大丈夫、個人の利用にとどめて管理はちゃんとするから!」
満面の笑みで黒崎先輩はそう言うが、そういう問題ではない、と俺は頭を抱えた。
この人に何を言っても俺の言葉は通じないだろう、先輩の気が済むまでこの撮影会は終わりそうになかった。
時折「いい!その表情!」とか「そそるね~もっとちょうだい!」とか、この人往来でこんな発言して恥ずかしくないのか?頭大丈夫なのか?と思わせる発言をはさみながら、撮影は数分間続いた。
「…もう、いいですか」
「うん、朝の分はOK!協力ありがとう、日吉!」
(朝の分?!1日やるつもりか?!)
俺の頭に衝撃が走った。
今日1日(で済めばいいが)この訳の分からない撮影に付き合わなければならないかと思うと、学校へ向かう道のりは自然と足が重くなる。
俺の心とは裏腹に、じゃあね!と元気よく笑って黒崎先輩は駆け出して行った。
「嵐みたいだ…」
思わずそうつぶやいた。
あの人はいつだってそうだ。
思い立ったが吉日、がモットーらしく、閃いたら即行動する。
それに巻き込まれるのはもう何度目のことだろうか。
今までに巻き込まれた出来事の数々が走馬灯のように脳裏に去来した。
「…はぁ」
ため息を一つついて、俺は覚悟を決めて歩み始めた。