第16章 第十六話
けれど彼女を思う心は抑えられそうになく、ただ唇を強く噛みしめる事しかできない自分に知念は腹が立ってしようがなかった。
病室を出て少ししたところで、二人は再び如月の母とすれ違った。
母は数本のお茶とお茶菓子の入ったビニール袋を手に提げて、早くも帰ろうとしている二人に目を丸くした。
「あらっ、もう帰るの?あ、これ、良かったら二人でどうぞ」
半ば押し付けられる形で如月の母からパンパンになっているビニール袋を受け取り、知念と木手はお礼と如月の早い回復を祈ってその場を後にした。
病院を出た二人は、受け取ったお茶とお菓子を消費しようと近くの公園のベンチに並んで座った。
ゆっくりと沈んでゆく夕暮れを見ながら、二人は袋から取り出したペットボトルの蓋を開ける。
「…ずいぶん、涼しくなりましたね」
「そうだな…」
二人に吹き付ける風は、もうずいぶんと秋の匂いを含んでいた。
気づかないうちに過ぎ去る季節に、知念は少しだけ寂しさを感じた。
「時間はどうしたって過ぎ行くものです、知念クン」
「?…ああ、まぁそうだな…」
木手の発言の意図が読み取れなくて、知念は少しだけ首をかしげて言葉を返した。
くい、と手の甲で眼鏡を押し上げて、木手は知念の目をじっと見つめて言葉を続けた。
「今の彼女に必要なのは何よりも『時間』です。君の焦る気持ちは十分理解できます。けれど、俺達にできるのは、彼女がこちらに来てくれるまで待つことです。
今はただひたすら、時が過ぎゆくのを待つしかない…」
知念を諭すように木手は努めて穏やかな声でそう言葉を紡いだ。
その言葉を知念は、木手が自分自身にも言い聞かせるように言っているように思えてならなかった。
木手もまた、知念と同じように如月の傷を今すぐにでも癒してあげたいと願ってやまなかったのだ。
「…俺はいつまでも待つつもりやんに。たとえ何年でも、何十年でも」
木手の目を見返す知念の瞳には力強い彼の意思が宿っていて、それを見た木手は安心してフッと小さく笑った。