第11章 第十一話
甲斐は平古場達と別れた後、木手の家へと向かった。
息を切らしながら呼び鈴を押し、インターフォン越しに木手の所在を確かめた。
「っ、裕次郎です!おばさん、、永四郎は、いる?」
『あら、裕くん!それがね、永四郎まだ帰って来てないのよ。どこほっつき歩いているんだか…』
「…そうですか…俺、ちょっと探してきます」
『そのうち帰ってくると思うけどね?…ふふ、いつもと反対ね、裕くん』
木手の母の言うとおり、いつもだったら家に帰ってこない甲斐を心配した木手があちこち探し回るのが普通だった。
しかしこうやって木手を探すことが、今までになかったわけではない。
幼稚園の頃、理不尽に先生に怒られてどうにも納得がいかなくて園から逃げ出した時。
小学生の頃、木手の妹が木手が大事にしていたおもちゃを壊した時。
中学生になって、テニスの試合に負けた時。
木手が行方をくらますことは数える程しかなかったが、そんな時はいつだって甲斐が木手を探し回った。
そして、大抵、木手の行く場所は決まっていたのだった。
「…やっぱりここにいた…」
穏やかな海のさざ波の音が心地よく聞こえるこの場所。
辛いことがあると、ここに来て、海をぼうっと眺めるのが木手の心を癒す手段だった。
静かに木手のそばまで近づき、黙って彼の隣に腰をおろす。
甲斐の気配に驚いたように木手は甲斐を見上げた。
「……何しに来たんですか」
「…親友をなぐさめに、ちょっとな」
甲斐の言葉に、木手はフン、と鼻を鳴らす。
「余計なお世話ですよ」
言葉はそう強がる木手だったが、その表情にはいつもの力はなかった。
甲斐は黙ったままポンポンと木手の背中を軽く叩いた。
しばらく二人は黙ったままで、遠くで揺らめく暗闇にそまりつつある海を見ていた。
「…今日は、怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした、甲斐クン」
「…でーじ痛かったさぁー!」
わざと大きな声で甲斐は答えてみせた。
心配そうな顔で木手が自分を見るものだから、甲斐はわざと大げさに答えたことに少し胸が痛んだ。
「まだ、痛みますか?」
「腫れもすぐ引いたし。ひーじだよ。……それより、やーはひーじか?」
間をおいて尋ねた甲斐に、木手は少しだけ唇を噛みしめ、ふい、と横を向いた。
木手の横顔を、沈みゆく夕日がほんのり照らして、彼の顔を熱っぽく見せた。