第10章 第十話
「…分かってるよ……あんしが(だけど)……」
今までずっとそばで成長してきた木手と甲斐。
時には甲斐が好きになった子が木手のことを好きで、泣く泣く橋渡しをしたこともあった。
いつだって自信に満ち溢れていて、いつも言い寄られて付き合いを始める木手が、初めて自分から好きになった女の子。
今まで木手が付き合っていた女の子達からすると少し地味な感じも受けたが、笑うとふわりと優しい風が吹くような、笑顔の素敵な女の子だった。
いつだったか木手が甲斐に「あの笑顔を守る為ならなんだってする」と話したことがあった。
恥ずかしいセリフだとその時甲斐は思ったが、そう言う木手の顔が至極真剣で、同性の甲斐でさえ見惚れてしまうほど男気に溢れていた。
惚れた弱みからか珍しく女の子に振り回され、それさえも楽しそうに受け入れている木手に、始めのうちは驚いたものの甲斐はどこか羨ましいという気持ちさえ抱くようになっていた。
この幸せな空気がいつまでも続けばいい、そう甲斐は願っていたのだ。
木手の纏う空気が、いつまでも優しいままでありますように、と。
その願いはむなしくも潰えてしまい、木手の苦しむ姿を見るのは甲斐にとって大変な苦痛だった。
人に弱みを見せることをしない彼は、今どんな気持ちでいるのだろうか。
幼馴染の自分にさえ、愚痴のひとつもこぼしやしない、プライドのやたら高い男のことが、甲斐は心から心配だった。
彼が壊れてしまうのではないか、そしてその原因が少しでも知念にあるのなら、甲斐は知念のことを許せそうになかった。
「…悪い、わんも今日は帰る!」
「あっ、おい、裕次郎!」
平古場が引き留めるのもきかず、甲斐はくるりと2人に背を向けて走り出した。
どこへ行こうとかそんなことは何も考えず、ただただひたすらに走った。
自分が失恋したわけでないのに、甲斐の気持ちはまるで木手のそれと同じだった。
苦しい、苦しい、こんな想いを抱えて、永四郎は一人でいるんじゃないか。
そう思ったら甲斐は走らずにはいられなかった。