第10章 第十話
知念と木手を繋ぐ、一つのキーワードが甲斐の頭にぼんやりと浮かんできた。
昨日もその話題でみんなで盛り上がったばかりだ。
如月美鈴。
一人の少女の名前が甲斐の中で次第に大きく浮かび上がってくる。
(昨日の寛の様子だと…多分、あいつは如月のこと好きだ。そして今日の永四郎の荒れ具合……こんな狭いところで面倒くせぇなあ…)
あの3人の関係は前々から微妙なバランスの上で成り立っていることに、甲斐は気が付いていた。
いつかその均衡が崩れてしまうのではないかと不安だった。
それがとうとう訪れてしまったのだろう。
今自分が足首を痛めているのもそのとばっちりかと思うと、甲斐はやるせない気分になった。
「裕次郎!これで冷やせー」
走って戻ってきた平古場からタオルに包まれた保冷剤を受け取り、甲斐は腫れあがった足首にそっと当てた。
タオルがある分幾分か和らいでいる保冷材の冷たさが、熱を帯びた肌にヒヤリとして心地よい。
こんな風に優しい冷たさで、木手の頭にのぼった熱を冷ましてやれたらいいのに、と甲斐はコートを見つめながら思った。
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部活後、皆の着替えが終わると木手は早々に部室の鍵を閉め、寄り道せずにさっさと帰りなさいよ、と部員達に言ってすぐその場を立ち去ってしまった。
いつもならもう少し猶予をくれる木手が今日は有無を言わさず皆を部室から追い出してしまったことに、平古場達は怪訝な顔で文句を言いながらも家路に就こうとしていた。
「今日ぬ永四郎、でーじ機嫌悪かったやぁ。やっぱりあの話、じゅんにだったんだなぁ(本当だったんだなぁ)」
「慧君、あの話ってぬーやが?(何だ)」
「凛、聞いてないんばぁ?永四郎が如月にフラれたって話」
「しんけんか!(マジか)そりゃあ永四郎も荒れるなぁ…」
平古場は田仁志の言葉に心底驚いた声をあげた。
知念はその事実を朝のうちに知っていたし、甲斐はなんとなくそうなのではないかと部活中に気が付いていたので、平古場ほど驚いた顔はしなかった。
甲斐は自分と同じようにあまり驚いていない知念を見て、やはり知念が今回のことに一枚噛んでいるのではないかと疑惑を深めた。
「寛、やーあんまり驚かないんだな」
「…朝、聞いた」
甲斐の言葉に、知念は短くそう答えた。