第9章 第九話
如月の言葉に、同じクラスのぬぼーっとした長身のクラスメイトが頭に浮かんだ。
木手を超える男が、知念だと聞かされて正直七海は気を抜かれたようになった。
口数も少なく、表情の変化も乏しい、何を考えているのかよく分からない彼が、木手よりもいい男だというのか。
七海には如月の趣味はいまいち理解できそうになかった。
「……確かにあんた前から仲良かったみたいだけど…木手君より、知念君なわけ…?」
「…うん」
はぁーっとため息をつきながら七海は頭を抱えた。
この事実が知れ渡ったら、木手ファンクラブの女子は怒り狂ってしまうのではないか、と七海は思った。
木手から告白するという前代未聞の出来事に加えて、木手がフラれたとなれば、ファンクラブの彼女達が黙っていなさそうだった。
それも木手がフラれた原因が同じテニス部の知念となれば、話題はより大きなものになるだろう。
「で、今度は知念君と付き合うの?」
「えっ…いや…そこまで考えてない…けど」
「…まぁ木手君と別れたばっかりだしね…。うん、しばらくはじっとしてた方がいいよ、あんた」
如月が別れてすぐ他の男と付き合うような人間ではないと分かってはいたが、七海は忠告せずにはいられなかった。
大事な親友が事情も知らない周りの人間になんだかんだと、とやかく言われるのは我慢がならなかった。
それに下手をしたら何か危害を加えられてしまうかもしれない、そんな不安が七海の頭によぎった。
「やっぱり、ファンクラブの人達怒るよね」
「そりゃあ、木手君フッちゃったんだもん。しばらくはうるさいんじゃない?」
「だよねぇ…」
はぁ、とため息をついた如月の頭をぽんぽんと七海はなでた。
木手から告白された時は彼女の周りをファンクラブの女の子達が取り囲んで、それはもう毎日大変な騒ぎだった。
今回はきっとそれ以上に騒がしくなりそうだ、と七海も如月の心情を思って不憫に思った。
「私はいつだってあんたの味方だよ、美鈴」
「ありがとう、七海ちゃん」
にっこり笑う如月の目が赤く腫れているのを、七海は優しい目で見つめていた。
彼女もようやく心から誰かを好きになれたのだ、応援してやらないわけにはいかない。
あの木手君を振るとは思っていなかったが、七海は友人の心の成長を祝福せずにはいられなかった。