第9章 第九話
小さく首を横に振る如月に、七海は目を見開いてまた大きな声で反応してしまう。
「はぁっ?!あんたがフッたの?!」
「しぃっ!声が大きいって」
周囲の様子をちらちら気にしながら、如月は七海に声を落とすように頼んだ。
ごめん、と七海は小さく返事をして、でもさ、と言葉を続けた。
「…木手君あんなにあんたに夢中だったのに、どうして?優しくて素敵な彼氏だって言ってたじゃん」
如月のことが理解できない、といった顔で七海は如月に問うた。
木手は同じ学年に限らず女子に人気があり、彼の恋人になれるのならなんでもする、という人間がそこらにゴロゴロしているのだ。
そんな中、彼女の座を勝ち取ったのは、本人にその気がなかった如月で、木手が彼女に告白したと知った時は、七海も少なからず如月に嫉妬したのだった。
そのくせ1週間も木手へ返事をせず、その間七海にどうしようと何度も相談をしてきたことを思い出して、七海は、はぁ、とため息をついた。
「うん…優しかったよ。いつもリードしてくれたし、私に合わせてくれたし」
「顔だっていいし、頭もいいし、大事にしてもらっててさ。何が不満だったわけ?」
「…不満…そんなになかったよ。けどね…」
「けど、何?」
木手に告白されて即座にOKしなかったのだから、如月が心から木手のことを好きだったわけではないことを、七海は知っていた。
けれど付き合ううちに彼女も木手の魅力に取りつかれて、すっかり木手のことを好きになったのだろうと思っていた。
でなければ半年も付き合うこともないだろう、と七海は自身の基準で考えていた。
「…好きな人が出来たの」
「っ、えっ?!」
如月の言葉に七海は心底驚いた。
あの木手と付き合っておきながら他の男に目移りするなんて七海には考えられなかったし、それまで異性に対してそういった感情を持つことが少なかった彼女がハッキリとそう七海に打ち明けたことが何より衝撃だった。
「だ、誰?」
木手よりも如月の心を掴んだ男の名前が、七海は気になって仕方がなかった。
先ほどよりもさらに身を乗り出して食い入るように如月の顔を見つめた。
如月は七海に耳を貸すようにジェスチャーして、七海の耳元に口を近づけた。
「……知念君…」