第9章 第九話
翌日。
いつもと同じように教室に足を踏み入れた知念に、如月もいつもと同じように挨拶してきた。
「おはよう、知念君」
「おはよう如月」
にこりと自分に笑顔を向ける如月の目が、少し赤く腫れているのを知念は見逃さなかった。
昨日の放課後、教室で如月が言いかけた言葉が頭によぎる。
『知念君…永四郎のことなんだけど…』
あの後如月はなんと言葉を続けるつもりだったのだろうか。
それと今如月が目を腫らしていることと、何か関係があるような気がしてならなかった。
けれど今ここで彼女にそれを指摘することは知念にはできなかった。
挨拶を済ませた如月は教室に入ってきた友人に声をかけられ、自分の席へと戻って行った。
その様子を黙って見送って、知念も自分の席へと腰を下ろした。
朝のホームルームまではまだ時間があった。
知念はカバンから取り出した本に目を落として、時間を潰すことにした。
ざわつく教室の中でも一度集中してしまえば、本を読むこともそう難しくはない。
はさんでいた栞を取り出して、続きに目を通す。
が、しばらくして知念の意識は本から引き離されることになった。
「別れた?!」
ざわつく教室の中でもひときわ高いその声が響いて、一瞬教室がしんとなったような気がした。
『別れた』という言葉に、知念の耳は自然と声のした方へと意識が集中していった。
あの声は、如月の友人のものだった。
ちらりと如月の方に目をやると、人差し指を口にあてて友人に静かにするように言っているところだった。
となるとやはり先ほどの「別れた」というのは、如月と木手のことに間違いないだろう。
知念の心臓はどくどくと音をたてて早くなっていった。
耳をそばだてて彼女達の会話を聞き取ろうと知念は試みたが、先ほどのことがあったからか周囲を気にして必要以上に小声で話す彼女達の会話は全部聞き取ることはできなかった。
たまに大きくなる友人の声だけが知念の耳にとびこんできて、知念の心を乱した。
如月の前の席に座った彼女の友人である七海は、身を乗り出して如月の身に起こった昨日の出来事を聞き出そうとしていた。
「え、なんで?フラれた?」
「ううん・・・」