第9章 第九話
「ひろしー、何してたんだよ、にーさんど(遅いぞ)。慧君と凛は先にいっちまったぜ」
靴箱の前で、甲斐は帽子をパタパタとうちわ代わりにしながら自身を仰いでいた。
じっとりとした湿気を含んだ生ぬるい風が知念にも届く。
「わっさん。ちょっと野暮用」
「ふーん?」
甲斐は少しだけ知念の様子を窺っていたが、すぐに意識をアイスへと切り替えたようだった。
早く行くぞ、と知念を促して、甲斐はくるりと踵を返して門へと向かって歩き出した。
それを追って知念も急いで靴を履き、踵を踏んだまま甲斐の元へと走り出した。
「裕次郎!寛!にーさんど!慧君待ちきれなくてもう食べてるさーやー」
平古場が言うとおり、田仁志はもうすでに両手にコーンを握っていた。
そのコーンには4段ほど色とりどりのアイスが乗っかっていた。
鮮やかな色が溶け出してところどころ混じっているのが知念の目に映った。
「寛は何味にするんやさ?」
「わんは、塩ちんすこうにするさー。それとゴーヤー」
「げぇっ!ゴーヤーかよ。寛も物好きだなぁ…永四郎もその味好きだよなぁ」
知念の耳が『永四郎』という単語にピクリと反応する。
今この場にいない木手のことを考えて、知念は少し俯いた。
今頃如月と家に帰っているのだろうか。つい最近までその中に自分もいたことが思い返され、胸が少しだけ痛んだ。
「寛、早く食べないと溶けてしまうんど」
「あ、ああ…」
甲斐に促されて、溶けたアイスが指にかかっているのに気が付いた知念は急いでそれを舐めとった。
続けて白と薄緑の2段のアイスにかぶりつく。ほんのり苦いゴーヤーの味が口中に広がっていった。
「それ、まーさんか(美味しいか)?」
「…食べてみるか?」
「しむん!(いらない)わんはくぬパイナップルがいいやさ!」
全力でゴーヤーアイスを拒否する甲斐の姿がおかしくて、知念は思わず吹き出してしまった。
それを見た甲斐は笑うな、と肘で知念をこづいた。
「なぁなぁ、裕次郎。やーぬ家、今年も泊まらせてもらえるか?」
平古場が甲斐と知念の間から顔を出して、2人の肩に腕をかけながら問いかけてきた。
さらりと金色の髪が甲斐の肩にかかり、甲斐はくすぐったそうに身をよじった。
「ん?ああ、いいけど。なに、怪談パーティーの話か?」