第8章 第八話
(永四郎にも言えないことがあるのね…私と同じように…でも…私は…)
時間は無情にも過ぎ行くもので、如月の家はもう目の前だった。
木手が今日如月といられるのも、もうあと少しのことだった。
玄関の門の前で二人は立ち止まり、木手がいつものように如月の頬に軽くキスをしようとした時。
如月は木手の動きを制止し、ふるふると首を横に振った。
「永四郎、ごめん。」
自分の行為を拒否された木手は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
ある程度頭の隅で覚悟していたとはいえ、実際にそうされるとその衝撃は半端ではなかった。
「こうやって送ってもらうの今日まででいい。」
勘のいい木手はその言葉が何を意味しているのか分かっていた。
分かっていたが認めたくなくて、如月の言葉が聞こえなかったフリをして木手は話を変えた。
「そう言えば・・・部活が終わるのをただ教室で待っているのは退屈ではありませんか?キミさえ良ければテニス部のマネージャーをやりませんか?そうすれば一緒にいられる時間も…」
「…ううん、退屈じゃないよ。それに悪いけどマネージャーをやる気はないの。というか、そうじゃなくてね、永四郎・・・。私、」
「ああ、今度二人でアイスでも食べに行きませんか?今日平古場クン達が部活後に行くと言っていたんですが、そこのアイス屋はとても美味しいんですよ」
「永四郎・・・・・・?」
如月の話をまるで聞かずに、いつもより淀みなく話し続ける木手の様子は明らかにおかしかった。如月が言いかけた続きを言わせないように、如月の気持ちに目を背けるように、木手は話を続けた。
「永四郎!」
話を止めない木手に、如月は木手の腕を掴んで強く揺する。ギュッと握りしめられた腕に木手が目をやると、如月の小さな手は小刻みに震えていた。そこからゆっくりと如月の顔へと視線を移す。
木手の目が捉えた如月の顔は今にも泣き出しそうで、木手もつられて眉根が下がっていった。
今の自分の顔はきっとものすごく情けない顔をしている。
目の端にうっすら滲みかけたものを自覚し、こんなことで、と木手は唇を強く噛んだ。
「・・・永四郎、聞いて。私ね、永四郎に言わないといけないことがあるの」