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純情エゴイスト(比嘉/知念夢)

第8章 第八話



如月の落としていった文庫本を拾い上げ、知念は本についた土を軽く払った。
ふと表紙に目をやると、そこには知念には馴染み深いタイトルが印字されていた。

以前、知念は如月に自分の好きな作家の話をしたことがあった。
その作家の書く作品のイメージは、彼女にとってはホラーしか無かったらしく、如月が今までに観た映画の中にその作家の作品が含まれていることを知念が教えてやると、彼女が非常に驚いていたことを、知念ははっきりと覚えていた。

「ええっ、グリーンマイルも?ショーシャンクの空に、も?知らなかったぁ!」
「スティーブン・キングはホラーだけじゃないさぁ。ヒューマンドラマもSF系もあるやんに」
「へぇ~そうなんだ。それにしても知念君、ホラーだけじゃないんだ、読むの」
「ホラーが一番好きだけどな」
「うーん、私は怖いの苦手だなぁ~」

その時如月は、怖いものは苦手だと言っていた。
甲斐達が一度怪談パーティーに誘ったことがあったが、彼女は頑として参加しなかった。
だから知念も彼女に必要以上に怖い話やそれにまつわる会話はしないようにしていた。

けれど、今知念の手の中にある文庫本は、スティーブンキングの作品の中でもホラー色の強い作品だった。
そしてそれは、知念が最も好きな作品でもあった。

「怖いの苦手なんじゃなかったのか…」

如月がどういった心境の変化でこの本を読もうと思ったのか。
知念は自分の都合のいいように捉えてしまいそうになるのを抑えるのに必死だった。

いまだ部室内で賑やかな声が聞こえているのを確認して、知念は如月の姿を探すことにした。
というのも、彼女は教室で木手が迎えに来るのを待っているのが常だった為、今も多分教室にいるだろう、と知念が踏んだからだった。
念のため靴箱を確認すると、そこには確かに如月の靴がきっちりと揃えて置いてあった。

教室にいなければ、また明日渡すことにしよう。そんなことを考えながら知念は自分のクラスへと向かった。

教室の入り口に設けられたガラス部分からそっと教室を覗くと、白いカーテンが大きく風にたなびいているのが見えた。
その白いカーテンの中に小さな影が一つ。
風で膨らんだカーテンが今度は窓の方へ引き寄せられ、中に隠れていた如月の姿があらわになった。
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