第1章 第一話
言い合いというよりかは、木手が如月を説得し宥めているといった方が正しいかもしれない。
如月は木手の正論にうまく反論することができないでいるようだった。
知念が聞いていても、確かに木手の言っていることは間違いではなかった。
けれどそれに如月が納得しないことも、また当然に思えた。
人を正論だけで動かすことはできない。
そこに付随する感情を無視して動かすことはできないのだ。
「…わんが、連れて帰るんど」
それまでずっと無言で2人のやり取りを見ていた知念が発した一言に、彼らは目を丸くして知念を見た。
「ホント?!知念くん!」
「…大丈夫ですか、知念クン」
如月と木手は同じような顔をして知念を見ていたが、考えていることは全く違うようだった。
如月はただただこの小さな仔猫を救ってくれる優しい人間が現れたと喜んでいたが、木手は知念の家庭事情を察してだろう、知念が無理をしてそう発言したのではないかと訝しんでいるようだった。
知念の家は、母子家庭で、知念の下に3人、小さな妹と弟達がいる。
母親は通訳の仕事をして家計を支えているが、家計はそう余裕のあるものではなかった。
まして小さな子供のいる知念の家庭で、この小さな仔猫が安全に生活できるかどうか――、木手はそれが言いたいのだろう、と知念は思った。
けれどそれが幾分か失礼な発言に当たることを危惧してか、木手はみなまで言うことはしなかった。
「とりあえず、今日は家に連れて帰る」
雨に濡れて頼りなくなったダンボールを抱えて知念はその場から立ち去ろうとした。
これで如月と木手も心置きなく2人の時間を過ごせるだろう。
知念がそんなことを考えた時、水たまりを跳ねるような足音が聞こえ、振り返る。
「ま、待って知念くん。おうちに行ってもいい?」
「別に構わねーんけど…永四郎と帰るんじゃねーんか?」
「……俺もついて行きますよ」
また如月がくしゃみをしながら、知念の抱えたダンボールの中の仔猫を覗き込もうとした。
と同時に彼女の希望をかなえるべく、知念はダンボールを彼女の目の高さまで持っていってやった。
それが阿吽の呼吸のような動きだったため、木手は内心面白くなかった。
まるで知念が彼女の考えや気持ちを手に取るように分かっているような感じがしたのだ。