第1章 第一話
暑い季節になったとは言え、降りしきる雨に打たれ続ければこんな小さな体はあっという間に冷えてしまうだろう。
ふるふると震えている仔猫と目が合ったような気がして、知念の心まで震えるようだった。
(永四郎と何かあったわけじゃないんだな…)
ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちが知念の胸の中にうずまいた。
「…ちむいやんに(可哀相だな)」
「ね。本当に」
如月の表情は本当に仔猫を心配している様子だった。
けれど彼女はその仔猫をここから助け出すことを躊躇っているようだった。
まるで誰かが助けてくれるのを待っているような、そんな様子だった。
「…ここにいたんですか」
声に振り返れば、呆れたような顔をした木手の姿がそこにあった。
いつもきっちりまとめてある髪の毛は、雨の日仕様なのかいつにも増してびっちりセットしてあって、整髪料の匂いが雨にも消されることなく知念の鼻腔にまで届いた。
「永四郎…やっぱり気になって…」
「朝も言ったでしょう」
「でも…雨降ってきちゃったし」
2人の会話を黙って知念は聞いていた。
内容から察するに、どうやら朝の通学時に2人はこの仔猫の存在を確認していたようだ。
そして下校時に気になった如月がここへやって来た、ということか。
「…酷なようですが、最後まで面倒を見る責任が持てないのなら半端に手を出すべきではない。それにキミは、猫アレルギーでしょう」
「そうだけど…でも…可哀相…」
くしゅん、と如月がくしゃみをして、木手がほら言わんこっちゃない、といった顔でティッシュを彼女に差し出した。
受け取って取り出したティッシュで鼻をかむと、如月の鼻の頭が赤くなる。
沖縄の地にあっても真っ白な如月の肌のせいで、その赤みがやけに目立っていた。
「命を飼うということは同情だけではすまないんですよ」
「……永四郎の言うことはいつも正しいよ。正しいけど…さ」
「…キミにそんな顔をさせたくて言っているのではないのだけど?」
「分かってる」
「…美鈴、キミの優しい気持ちはよく分かります。俺だって見殺しにするのは気分が悪い。けれど現実的に考えて、この猫を家に連れて帰れないでしょう」
知念が傍にいることも忘れたかのように、2人は言い合いを続けた。