第6章 第六話
「知念寛」
教師の声が体育館に響いて、如月はハッとして起立した生徒の方を見やった。
周囲の生徒より頭2つ3つほど飛び出た彼は、間違いなく先ほど保健室にいた知念だった。
彼が立ち上がると体育館がざわつくのが分かった。
如月の近くにいる教師でさえ、おぉ、と声を漏らすのだから、生徒たちがざわつくのも無理はない。
けれど彼の表情は保健室の時と同じで、いたって平静で。
如月は彼がこういった周囲の目に慣れきっていることを改めて実感した。
知念のクラスの女子の名前が呼ばれ始め、しばらくすると「如月美鈴」と自分の名前が耳に飛び込んできた。
慌てて返事をしてその場で立ち上がろうとしたが、気が急いたためかパイプ椅子に足をとられて派手な音とともにその場に倒れこんでしまった。
ガシャンと音をたてて倒れたパイプ椅子が足に乗っかってしまい、立とうとしても上手く立ち上がれないでいた。
隣にいた養護教諭が急いで椅子をのけて体を支えてくれたが、先ほどのこともあって心配だということで、そのまま保健室に連れて行かれることになってしまった。
クラスの席に座っていなかったこと、返事をしてすぐ倒れてしまったこと、そのまま体育館から連れ出されてしまったこと。
トリプルで重なったその要素は、如月美鈴という存在を知らしめるのに十分すぎるくらいだった。
クラスメイトはもちろん、知念にとっても、彼女の存在は忘れることができないものになった。
それから3年間、何の因果か知念と如月はずっと同じクラスだった。
だけど二人はどんなに仲良くなってもずっと友達のままで。
どちらとも二人の関係を壊したくなかったのかもしれない。
そのうちに如月は知念を介して知り合った木手と付き合うようになった。
告白をしてきたのは、木手の方からだった。
それまで異性から告白されたり、付き合うといった経験のなかった如月にとって、木手からの告白は大きな事件であった。
けれどその時、心から木手のことが好きだったか、と問われれば如月ははっきりイエスとは答えられなかっただろう。
木手のことは嫌いではなかったが、異性として意識しているかと言われれば微妙なところだった。