第5章 第五話
普通の生徒ならば、この一睨みに縮み上がることしかできないだろう。
けれど部活で一通り理不尽なしごきを受けてきた木手と知念にとっては、早乙女のこういった言動は日常の風景と化してしまっていた為、今更何ということは無かった。
「すみませんでした。すぐ教室に戻ります」
さらりと謝罪を述べて、木手はその場を後にしようとした。
「えー!ちょっと待て!」
早乙女は木手の腕を掴んで、引き留めようとした。
サボりの理由や、それに対して相応の仕置きをしようと考えていた早乙女にとって、獲物をみすみす逃すような真似はしたくなかったのだ。
勢いよく掴まれた木手はそれなりに痛みを感じたのだろう、それに加えて平常心ではいなかった為、早乙女の行為は木手の怒りに火をつけただけだった。
「…何ですか?利き腕なのであまり強く掴まないで欲しいのですが」
いくら乱暴でも早乙女は一教師だった。
木手は一応それを踏まえて、言葉は丁寧にしたつもりだった。
けれど早乙女を見るその目には侮蔑ともとれる色が浮かんでいた。
二回り以上年下の、中学3年の木手の迫力に気圧されてしまう自分を情けなく思いつつも、早乙女は掴んでいた腕を離した。
部活や試合中でもたまに見せる木手の子供らしくないオーラに早乙女はいらつきを覚えながらも、あまり騒いで他の教師が来ても面倒だと彼らを解放することにした。
今日の部活でこの分たっぷりしごいてやればいいのだ、そんな考えが早乙女の脳裏に浮かんだ。
強くなるため、全国に行くためだと言えば、こいつらはどんな無茶なしごきにも応じる奴らだ。
しごきの内容をゆっくり職員室で考えることにして、早乙女は、早く教室に戻れ、と吐き捨て二人からその場を立ち去った。
「今日の部活、しんどくなりそうだなぁ」
「…そうですね。面倒な人につかまってしまいましたね」
木手と知念はどちらからともなく顔を見合わせ、放課後に待っている早乙女のしごきを想像してため息をついたのだった。