第5章 第五話
「俺だって鬼ではありませんからね。しかし、知念クンがそのまま飼うのかと俺は思っていましたよ。すごくキミに懐いているようでしたから。離れるのが大変だったのではないですか?」
「あぁ…」
「キミも、寂しくなりますね。……美鈴も、もう知念クンの家に行くこともないでしょうし」
「ぬーんち(何で)そこで如月が出てくるんばぁ?」
木手がわざわざ如月のことを持ち出してきたことが、知念の気に障った。
語気に自然と力が入ってしまう。
知念の口調に木手は、図星でしたか、と小さく息を吐いた。
「…昨日、美鈴が一人で知念クンの家に行ったでしょう」
「…あぁ」
木手の言葉に、さぁっと、あの時の情景が知念の頭によみがえった。
ぎゅっと掴んだ如月の白くて細い手首の感触、畳に広がる日に焼けて茶色くなった柔らかな髪、彼女の愛用しているシャンプーの甘ったるい匂い。
ボタンのあいたシャツの間から見え隠れする真っ白な肌と、それを隠すように覆う薄桃色の下着。
頭の中で鮮明に描かれた映像に知念は心を乱されたが、相変わらず顔は平静を装っていた。
「あの時、何かあったのではないですか」
「ぬーか(何か)…って、ぬーやが(何だ)…?」
木手の目が、あの時と同じように鋭くなり、知念の心の内を探ろうとじっと様子を窺っている。
少しでも隙を見せれば一思いにやられてしまうだろう。
まるで獲物を狙う獣のような鋭い視線に、さすがの知念も気圧されてしまう。
「…言わせますか、この俺に。」
「永四郎がぬー(何)疑ってるか知らねーんけど、別に何もなかったさぁ」
「本当に?では何故昨日、見送りも早々に家に戻ったのですか?いつもは俺達の姿が見えなくなるまで見送っているのに」
木手は鋭いところをついてくる。
知念は今回はこの追及を逃れられないかもしれない、と、どこかで覚悟した。
しかし、自分の気持ちを永四郎に伝えてしまったら、どうなるだろうか。
言って自分はスッキリするかもしれないが、二人の間には、しこりのようなものが残るだろう。
木手は知念の数少ない友人の一人だ。
まさか彼女を巡ってこんな風に対峙するとは思っていなかったし、こんなことで木手との友人関係が拗れてしまうのは知念にとって本意ではなかった。
そこで知念はなんとかこの場をしのごうと試みたのだった。