第5章 第五話
「おはよう、知念くん」
教室に入るなり声をかけてきた如月に、知念は昨日のことを思い出して少し気まずさを感じながら挨拶を返した。
知念に微笑む如月は全く昨日のことなど気にしていないように見えて、知念はやはり彼女の考えていることがよく分からないと思った。
気にしているのは自分ばかりで、彼女にとっては大したことのない出来事だったのだろうか。
「あのさ、今日…」
如月が言いかけたその先の言葉が何であるのか、知念にはすぐに分かった。
こうやって彼女の考えていることが手に取るように分かる時と、そうでない時の差が激しかった。
男女のことが絡まなければ、彼女の思考回路は知念にとって至極分かりやすいものだった。
「猫なら、もういない」
「えっ…そうなの?」
「ああ、貰い手が見つかったんばーよ」
「そっかぁ」
残念、と俯く如月に、知念は多少罪悪感を感じた。彼女に言った言葉は嘘だ。
本当は仔猫はまだ知念の部屋のケージの中に、ちょこんと居座っている。
学校へ行く支度をする知念に、にゃあにゃあと声を出して構ってほしそうにしていた姿が知念の目に浮かんだ。
そんなしぐさを見たら如月は目を輝かせて喜ぶに違いない。
けれど、もう、彼女と深く関わってはいけない。
あの仔猫がいなくなった、となれば、きっと如月も知念の家に来ることは無くなるし、これ以上自分に構うこともなくなるだろう。
知念と如月の結びつきを強めていたのは、あの小さな灰色の仔猫だ。繋がりが一つ消えてしまえば、また前と同じクラスメイトに戻るだけ。
如月は木手の隣で微笑んで、それを知念が眩しく見つめる、あの日常に戻るだけだ。
「残念だけど、よかったね。いい飼い主さんだといいなぁ」
「…ああ」
「飼い主さんってどんな人?お願いして猫ちゃんに会わせてもらえないかなぁ?」
如月がそうお願いしてくるとは、知念は考えていなかった。
予期せぬ彼女のお願いに知念は言葉につまってしまった。
「…そんなの迷惑だよね。私、すぐ自分のことばっかり考えちゃって…ダメだね」