第21章 第二十一話
「今まで、ありがとうね知念君」
そう言って差し出された七海の手を、知念は迷うことなく握る。ここまで彼女にさせておいて、少しでも躊躇する姿を見せるわけにはいかなかった。
そして知念はそこでようやく、七海が自分を『寛』では無く『知念』と呼んでいることに気が付いた。
ハッとした顔で知念は七海を見たが、彼女には知念が気が付いた事は伝わっていないようだった。
七海は、あっさりと彼が別れを受け入れたことを少し残念に思いながら、最後になるだろう知念の手の温もりをしっかりと確かめた。
「…こちらこそ、ありがとう柊」
最後まで、『七海』と彼女の下の名前を呼ぶことは無かった。
それもこの結末を暗示していたのかもしれない、と知念は心のどこかで思った。
******
知念と如月が再会を果たした翌日。
何の因果か全国大会三回戦の今日、如月と知念達の学校は対戦することになっている。
バスに乗り込む部員達を眺めながら、如月は今日の試合でまた知念達と顔を合わせることを憂慮していた。
気持ちの整理のつかないまま如月は会場へ向かうバスに乗り込む。
このままどこか遠くへ逃げてしまいたい。そんな衝動に駆られるのに、バスは無情にも知念達の待つ会場へと近づいていく。
「なぁ、大丈夫か?」
隣の席の柿谷に声をかけられ、ハッとした顔で如月は柿谷に顔を向けた。
「え? う、うん。大丈夫だよ?」
うわずった声でそう返す如月の様子に、柿谷はさらに心配の度合いを深めていった。
柿谷は昨日、比嘉の選手と如月が何か揉めていたのは知っているものの、肝心のその内容については彼女から何も聞けずじまいだった。
詳細を尋ねようと思うものの、如月にその話題を振ろうとすると、柿谷の頭の中であの長身の痩せこけた男の落ちくぼんだ目が、ぎょろりと睨み付けてくる。
なんだか踏み込んではいけない領域のような気がして、柿谷は結局如月と比嘉の選手達とのことを聞けないでいた。
「…今日の試合、比嘉とだな」
「……そうだね」
如月はやはり昨日のことに触れられたくないのだろう、柿谷の言葉を聞いて、目をそらしてしまった。