• テキストサイズ

純情エゴイスト(比嘉/知念夢)

第21章 第二十一話


お互い何の話をしているのかよく分かっていたものの、ハッキリと名前を出さなかったのは、どこか触れたくないという心理が働いていたのかもしれない。

知念の、如月の名前を口にしてしまえば、木手も七海も苦い恋の経験をまざまざと目の前に突き付けられるような気がしていた。

「……どうかな。優しい人だから、自分からはどっちも振り切れないんじゃないかな」

七海の中では、答えは出ているようだった。
木手に尋ねておきながら、その実、彼女はすでに決心をしていたらしい。
女性特有の、答えを求めていない『相談』だったのだろう。木手は七海の静かな落ち着いた色見を帯びた瞳を見つめて、「そうかもしれませんね」と小さく答えた。

皿に残っていたトマトを食べきると、七海は意を決したように顔を上げた。

「部屋に、いるよね」
「ええ、多分」
「……ごちそうさまでした」

礼儀正しく手を合わせて席を立った七海に、木手は静かに頷くだけで何も言わなかった。
けれどその瞳は七海の決心を後押しするように、優しい色で溢れていた。


******

『508』の部屋番号が書かれたプレートを見上げて、七海は深呼吸した。
小さな呼び出しボタンを押せば、来客を知らせるベルの音が響く。
ベルの音を、部屋の中にいる人物は耳にしたはずなのに、物音1つしなかった。
そっとドアに耳をあててみても、何かが動く物音は無い。

誰とも顔を合わせたくないのだろう。知念はこのまま居留守を決め込むつもりに違いない。
そう思った七海は、仕方なく知念の携帯に電話をかけることにした。

七海の電話からコール音が聞こえてくるのとほぼ同時に、部屋の中から着信音が鳴り響いた。
何度目かのコール音の後、ようやく着信音がやんだ。

『……』
『知念くん。話があるの。部屋に入れてくれない?』

電話に出ても知念は無言だった。
扉一枚むこう、すぐそばにいるはずなのに、電波にのせた声でなければ知念に届かないのが七海はもどかしかった。
今すぐにでもこの扉を蹴破って、知念のところに行けたらどんなにいいだろう。

『……今は…』
「1人で考えたいこともあるかもしれない。でも、そんなに悠長にしていられないんだよ」

ようやく口を開いた知念の言葉を遮って、七海は扉越しに声をかけた。
/ 159ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp