第20章 第二十話
試合も中盤に差し掛かった頃だろうか、如月は流れる汗を拭おうと、ふいにカメラの画面から顔を離した。
タオルで額の汗を拭って、もう一度カメラを構えようとした時、比嘉高がいる方向から知念の声が聞こえた。
一瞬如月は自分の耳を疑ったが、ひょろりと背の高い人間が足早に動き出したのが視界に入り、如月は弾かれたようにその場から逃げだした。
「ごめん、柿谷君、これお願い!」
如月はそう言って、何事かと驚いている柿谷に押し付けるようにビデオカメラを渡した。
おい!と如月を呼び止める柿谷の声に振り返ることなく、如月はコートから必死に離れた。
先ほど聞こえた知念の声、あれは確かに自分の名を呼んでいた。
如月、と懐かしい声で呼ばれた瞬間何よりも先に心に浮かんだのは、「嬉しい」という感情だった。
けれど身体はすぐにその場から逃げることを選んだ。
―会いたいけれど、会いたくない。
あんな酷い態度を取ってしまった自分に、今更知念に会う資格なんてないのだから。
如月は当てもなくただひたすらコートから離れようと走った。
全速力で走っている為か、すぐに息はあがり、胸は苦しくなった。
けれどこの胸の苦しさは、ただそれだけではないことを、如月は分かっていた。
開会式で知念の姿を見た時と同じ、胸を締め付ける感覚。
それは苦しいけれど、どこか甘くて心地よい不思議な感覚だった。
「……っ、如月!」
また自分を呼ぶ知念の声が聞こえる。
先ほどコートで聞いた時よりずいぶんと近くで聞こえる。
振り返ればすぐそこにいそうなくらい、ずいぶんと近くに。
如月がそう思った時にはすでに、如月は知念に手首をがっしりと捕まえられていた。
振り切って逃げようと試みるも、知念の力に如月が敵うはずもなく、如月は仕方なくその場に立ち止まった。
しかし知念の方へ振り返ることはせず、如月はただ黙ってその場に立ちすくんでいた。
「如月」
強く握りしめられた手首から、知念の熱が伝わる。
その熱と力強さに、如月は泣きそうになっていた。
あんなに酷いことをしたというのに、知念は変わらず自分を追ってきてくれた。