第19章 第十九話
それは今の自分にとってはとても辛いことでもあるけれど、だからといってすぐに美鈴のことを忘れるような男だったら、きっと好きになってはいないだろう、と七海は思った。
(寛君は一生懸命忘れようとしてる…私はいつか寛君が美鈴のことを振り切るのを、ただ待てばいい…)
頭ではそう分かっているのに、心はなかなかついてこようとしないことが七海は辛かった。
胸の奥がちくりと痛むのを七海は必死で気が付かないフリをした。
全て覚悟の上で、知念のことを好きになったのだと、七海はもう一度自分に言い聞かせた。
あの時、彼を傍で守りたい、支えてあげたいと思った自分の気持ちは嘘じゃないのだと。
「あ、のさ、寛君…」
「ぬーやが」
「…無理して、忘れなくていいんだよ、美鈴のこと」
「…っ」
七海は言って少しだけ知念の顔を見て、またすぐに地面に視線を移した。
知念は七海にそんなことを言われるとは思っておらず、なんと返答したものか考えあぐねていた。
「そんなに簡単に忘れられる想いじゃないでしょう?ずっと傍で見てたから、それくらいは分かるよ私にも。だから無理に忘れようとしなくていいの。忘れられないことに罪悪感を持つ必要もない。
私は、ありのままの、寛君が好きなんだよ?美鈴のことを心から好きでいる寛君も含めて、全部」
何も答えられないでいる知念をよそに、七海はにっこりと笑って続けた。
「今すぐでなくていい。いつか、いつか美鈴に向けている想いも私に向けてくれる日が来るまで…私待つから」
七海の目に宿る強い意志を見て取って、知念は七海のことを改めて強い人間だと尊敬の念を抱いた。
そして彼女にそこまで言わせてしまった自分の不甲斐なさに知念は嫌気がさした。
「わっさ…「謝らないで。寛君は悪くないんだから」
謝ろうとした知念に七海は即座にそう返した。
知念は答えに困ってしまったが、少し考えて、七海の頭を優しく撫でた。
「…ありがとう、柊」
たったそれだけの短い言葉だったが、七海は満足そうに笑った。
繋いだ手に知念が力を込めると、それに応えるように七海もギュッと知念の手を握り返してきたのだった。