第19章 第十九話
「そんなんじゃ乾かねーんどー」
言って甲斐が無理やりタオルで木手の頭をゴシゴシと拭くと、やめなさい、と思いきり払いのけられた。
あーあ、こりゃ帰ったらゴーヤーが待ってるんど、と平古場が笑いながら言うと、いまだに苦手なゴーヤーの味を思い浮かべて甲斐はふるふると頭を振った。
「懲りないな、裕次郎も」
「見てて焦れったいんやっし」
ふくれっつらで言う甲斐に知念は、そうか、と短く答えて薄く笑った。
こんな風にみんなでじゃれ合えるのも、もうあと少しなのだと思うと、急に寂しさが知念の胸にこみ上げてくる。
鼻の奥がつんとして、知念はふい、と皆から顔をそらした。
銭湯から出ると、すでに待ちわびていた様子の少女達がようやく出て来た少年達に駆け寄ってきた。
「男子の方がお風呂が長いってどういうこと」
言って笑う少女達に、少年達は悪い、と手を合わせて謝った。
甲斐が髪を乾かすくだりの話を少女達にすると、少女達は納得したように何度も頷いて見せた。
すっかり暗くなった夜道をカップル同士で並んで帰る。
夜空に浮かんだ丸い月が雲間から顔を出して、夜道を明るく照らす。
足元に伸びる影がくっきりと地面に描き出されていく様を知念はじぃっと見つめていた。
「どうしたの?寛君」
「ん、いや。なんでもない」
前を行く者達が賑やかに楽しそうに会話をしているのとは正反対に、いつもの帰り道と同じように知念と七海の2人は静寂に包まれていた。
普段なら七海はその静寂を気にしなかっただろうが、今日は目の前で楽しそうに話す他の恋人同士が目に入るからか、知念と何か話したそうな顔をしていた。
けれどせっかく声をかけても知念はどこか上の空といった感じで、七海の望む反応を得ることは出来なかった。
七海の胸の中には、昼間の知念の言葉がぐるぐると何度も回っていた。
『やー、貝殻集めるの好きだったろ?』
そう知念はごく自然に、七海に言った。
けれどそんなことを彼に言った覚えはないし、その前にそんな趣味は自分にはない、と七海は思った。
貝殻を集めるのが好きなのは自分ではなく、美鈴だ、と七海は心の中で呟いたのだった。
美鈴から『さよなら』の一言だけが送られてきたあの日から、まだそう時間は経っていない。
だから知念がいまだに彼女のことを忘れることが出来ないでいるのも、理解できる。