第19章 第十九話
木手の言わんとするところが何であるか、知念にはよく分かっていた。
ようやく、如月を忘れることができたのか、と木手は言いたかったのだろう。
実際のところ忘れることなんてできないでいたが、それでも七海と付き合うことにしたのは、如月の事を振り切って新しい一歩を踏み出したかったからだ。
木手の言葉もあながち間違いではない、と知念は一人納得した。
「まぁ、な」
いつものように言葉少なに答える知念に、木手は視線を床に落として軽く頷いた。
それ以上お互いにどうこう言う気はなかったが、知念と木手の間には何とも言えない空気が流れていたのは確かだった。
(永四郎なんかとっくの昔に振り切ってるんだよな…)
(知念クンはもう彼女のことを忘れてしまえたのでしょうか)
知念と木手の心の中に浮かんだのは同じ如月のことであったが、彼らの心のうちは少しだけすれ違っていた。
それを確かめることのないまま、甲斐と平古場の大きな声に呼ばれて二人は庭へ出たのだった。
時折飛んできては壁にとまってけたたましく鳴くセミを追い払いつつ、少年達は竹を割ってそうめん流しの準備に勤しんでいた。
毎年やっている作業なだけあって、みな慣れた手つきで流しそうめん台を黙々と作っていった。
今年は参加人数がいつもより少し多い為、例年のものより長めに仕上げた。
とりこぼしたそうめんをキャッチするようにザルと桶をセットして、少年達の一仕事は終わった。
「お疲れ様!」
作業を終えたところに、台所で作業していた少女達がおにぎりと麦茶を持って現れた。
それぞれの彼女からおにぎりを受け取って、少年達は一斉に頬張った。
汗をかいた後の塩味のきいたおにぎりはなんとも言えぬ美味しさで、別段変わったところはないのに雰囲気と彼女が作ってくれたという付加価値で味が変わることに、知念は内心驚いていた。
気恥ずかしさの為それを知念が口にすることはなかったが、美味しそうにおにぎりを食べている知念を見て、七海は満足だった。
一気に4個おにぎりを食べてから、知念は喉の渇きを覚えて、お茶の入ったコップに手を伸ばした。
「はい、どうぞ、寛君」
「ありがとう」
知念の動きを察知した七海がさっとコップを知念に手渡す。
自分の一挙一動をじぃっと観察されているようで知念は少し恥ずかしくなった。