第3章 第三話
「甲斐クン、ゴーヤではいよいよ満足できなくなってきたようですね?」
「あいっ!永四郎、わっさん!冗談やんに!」
「待ちなさい!甲斐クン!」
逃げ去る甲斐とそれを追う木手を見つめ笑う如月の顔はとても綺麗だった。
今はその小さな背中を丸めて仔猫を黙ったまま静かに眺めている。
木手と知念の視線にようやく気が付いたのか、くるりと如月が振り返って2人ににっこりと微笑んだ。
「知念くん、ありがとう。永四郎、そろそろ帰ろっか」
如月の言葉を合図に、木手が如月と自分の荷物をさっと手にして立ち上がった。
「お邪魔しました、知念クン。」
「またね、知念くん!」
「ちーちきりょーな(気を付けてな)」
音がしそうなくらい大きく手を振って別れを告げる如月に自然と知念の頬がゆるむ。
ちらりと木手がこちらを見たような気がしたが、彼の目はすぐに隣の如月へとうつされた為、知念は木手の表情を読み取ることはできなかった。
一方の木手は、うっすらと微笑みを浮かべていた知念の顔がちらついて仕方がなかった。
隣の如月はまだ無邪気に知念に手を振っている。
木手は心臓をぎゅっと掴まれたように苦しくなり、その表情は自然と険しくなった。
「どうしたの?永四郎」
「…いえ、なんでもありません」
如月の問いに瞬時に表情を変え、木手は自分の気持ちに重い蓋をした。
知念が彼女に微笑んでいたから、なんだというのだ。
彼女が知念と別れを惜しむように手を振っていたから、それがなんだというのだ。
彼らは単なるクラスメイトに過ぎない――ただ仔猫がその繋がりを強くしているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
如月が想っているのは、自分のはずだ。
そう思うのに胸の痛みがとれないことに、木手は焦っていた。