第3章 第三話
「すみませんね、毎日毎日。お邪魔してしまって」
「別に構わんさぁ。…永四郎もでーじやっさー(大変だな)」
木手と知念の視線は相も変わらず仔猫を見つめ続けている如月に注がれたままだった。
部活が終わってから木手と知念と如月は3人で連れ立って帰るようになり、それを見た平古場が「三角関係だばぁ?」とからかうのが最近の定番になっていた。
それに対して木手は毎回ゴーヤで平古場を脅すのだが、すっかり形骸化してしまっているその脅し文句では平古場を黙らせることはできなかった。
木手も平古場が冗談で言っているのは分かっていたので、本気で怒りはしてはいなかったが。
そんなやり取りを見て「またやってる」と笑う如月の姿を見るのが、知念は好きだった。
何気ない日常の風景の中の彼女は、確かに知念の傍に存在しているのに、決して手は届きそうになかった。
ふと自分のごつごつと骨ばった手を見つめ、自分がこの手を伸ばせばどうなるのだろうかという思いが知念の頭によぎった。
「どうしたの?知念くん。手をじっと見て」
「…いや、別になんでもない…」
ふぅん?と如月は知念の顔を下から覗きこんで、そして知念の大きな手を両手で握りしめた。
急に彼女に触れられて知念の心は穏やかでいられなかったが、彼の表情はいたっていつもの知念と変わりなかった。
「永四郎より大きいね、手」
「そうか?比べたことないからなぁ…」
如月は知念の手をまじまじと見つめ、自分の手と大きさを比べている。
そんな彼女の柔らかな小さな手を、いつも木手の手が包んでいるのだと思うと知念の胸の奥でちりちりとした痛みが起こった。手を伸ばしても――、いや、手を伸ばしてはいけないのに。
彼女の小さな指が自分の掌に触れる度、彼女の手を握りしめてしまいたい衝動に駆られた。
「お、とうとう永四郎から知念に乗り換えたんば?」
甲斐のからかうような声が知念の意識を現実に引き戻し、されるがままになっていた自分の手をようやく引っ込めた。
「…やー、永四郎にくるさりんどー(殺されるぞ)」
甲斐の背後にゆらりと佇んでいる木手を見つけ、知念は甲斐に忠告したが、すでに後の祭りだ。
木手は甲斐の背後にぴったりと張り付き、甲斐の耳元で地の底から湧きあがったような声を出した。