第17章 第十七話
思わず切ってしまった知念からの電話。
その後すぐに携帯の電源を切り、彼とこれ以上接触できないように、と、自らの意思で真新しい机の引き出しの中に携帯を仕舞いこんだ。
机にうつぶせになって、ちらりとフォトフレームの中でこちらを見つめる知念に目をやる。
写真の中の彼は薄く微笑んでこちらを見つめている。
低いけれど安心する彼の優しい声を久しぶりに耳にした。
病院で会ってから、もう長いこと知念に会っていないような気がする。
机の上の小さなカレンダーに目をやれば、それがほんの1ヶ月ほどのことだと気付かされる。
黙って知念の元を離れたことを、彼はどう思ったのだろう。
さよならの言葉も伝えないまま、衝動に任せて電話を切ってしまった私に、彼は怒っているだろうか。
大好きで誰よりも大切だと想っているはずの彼を、私は傷つけてばかりだ。
永四郎と付き合っていた時も、今も、彼に向けている私の気持ちはあちこちで屈折してしまって、まっすぐ彼に届けることが出来ないでいる。
これから先、この写真の中の彼としか、視線を交えることはできそうにないだろう、と如月は漠然とだが思っていた。
いつかあの悪夢を遠い記憶の彼方に追いやることが出来たとしても、一度ならず二度までも彼を拒絶した自分に、もう一度彼と向き合う資格はない。
表情を変えることなくこちらを見つめ続ける知念の写真を、如月は静かに机に伏せた。
そのまま如月も目を閉じ、まぶたの裏に浮かぶ知念の顔に向けてつぶやいた。
(どうか知念君、私の事を、早く忘れてください。いつかきっと、誰かと幸せになってね)
届くはずのない自分の想いを、そっと胸にしまいこんで、階下から呼ぶ母の声に返事をした。