第9章 手を差し伸べてくれたのは
「すみません、急に…。その、〝お母さん〟の言葉が本当に嬉しくて…。あと、ご飯、とっても美味しいです…」
ぽろぽろと止まらない涙を拭いながら、汐は抱いた気持ちを素直に伝える。
凛だけでなく、凛の家族にも甘えていいのだろうか。
松岡家は汐がずっと夢見て憧れていた、幸せで温かな家庭だ。
凛の母はその中に自分も入れてくれると言ってくれて、それが、嬉しくて嬉しくてたまらない。
きっと急に泣き出して困らせてしまっただろう。しかし涙は止めどなく溢れてくる。
「いいのよ、気にしないで。泣きたい時は思いっきり泣けばいいの。その後に、また素敵な笑顔を見せてね」
汐の心の内を読んだように、都は汐へ微笑みかけた。
都の言葉で、汐の瞳にまた大粒の涙が溢れてくる。
凛は母を見た。
母は凛が汐に対して抱いた気持ちと同じことを口にした。
凛と目が合った都は、早く抱きしめなさいと視線で催促する。
汐が悲しくて泣いたのではないと理解した江は安堵の笑みを浮かべていた。
凛は、俯きながら泣く汐の頭をそっと自分の肩へ抱き寄せると、両手で頬を包み込み優しく涙を受け止め拭った。
眦が赤く染まった汐の目をまっすぐ見つめて、凛は言い切った。
「汐、俺だけじゃなくて、みんな汐の味方だ。みんな、汐のことが大好きなんだ」
凛の目をまっすぐ見つめ返す汐は、大きく頷いた。
諦めや哀愁が消え去ったその瞳には光が宿り、きらきらと輝いていた。
◇ ◇ ◇
「何から何までお世話になって、本当にごめんなさい…」
「ごめんなさい、じゃなくて、ありがとう、だろ?謝らなくていい。汐はいつもひとりで頑張りすぎだ。たまには人に思いっきり甘えるのもいいんじゃねえか?」
汐はリビングのソファに横になりながら凛の膝を借りて休んでいた。
目元には冷たいタオルが乗せられている。既視感のある光景だ。
「そうよ。泣き腫らした目を放置すると明日汐ちゃんの可愛いお顔が大変なことになってしまうわ」
都は夕飯の後片付けをしながら凛と汐の会話に混ざる。
「汐ちゃん大丈夫?」
心配そうに江は汐の顔を覗き込んだ。その腕の中にはお腹いっぱいで満足そうなスティーブ。汐の目元のタオルに興味を持ったらしく、ちょっかいを出している。
「江ちゃんありがとう、大丈夫だよ」
スティーブが江の腕からするりと抜け出すと、仰向けで寝ている汐のお腹の上に乗った。