第9章 手を差し伸べてくれたのは
「ありがとうございます…」
口下手でそれ以外の言葉が出てこない。
けれど、その場にいる先輩達は短い間でもそれを理解していて、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「僕、鮫柄に来てよかったです」
夏貴の一言で、わっ、とその場が盛り上がる。
喜んだ魚住は洋菓子タワーの頂上のマドレーヌの包装を破って夏貴の口に突っ込んだ。それを見てまた笑う他の部員。
周囲が大盛り上がりをする中、マドレーヌを飲み込んだ夏貴が思い出したように言った。
「すみません。水を差すようで悪いんですけど、多分もうそろそろ凛さん帰ってきますよ…?」
床に散らばる紙切れを見渡す。銀テープはすぐに回収できるとしても、部屋中に舞った紙吹雪は片付けが大変そうだ。
何も知らない凛がこの部屋の有様を見た所を想像すると、夏貴は背筋が寒くなるような感覚に襲われた。
途端にその場にいた全員の顔が青ざめる。
「おいやばいぞ!こんな散らかしてるとこ見つかったら間違いなく部長が鬼の形相で…!」
凛が般若のような顔で怒っている様を想像した美波が震え上がる。
「はやく片付けろ!そして似鳥は部屋替えの荷造りを少しでも進めとけ!」
「そっ、そそそ、そうだね…!」
どたばたと慌てふためく鮫柄水泳部を見て、夏貴はひとり笑みを浮かべた。
(僕はきっとひとりぼっちなんかじゃなかったんだ)
(姉さんも、凛さんがいるからきっと大丈夫だ)
今の自分に出来ることは、自分の選択を信じてその場所で最大限努力するだけだ。
そうすればきっと、姉を安心させてあげることが出来る。姉も夏貴の心配をすることなく自分自身に目を向けてくれるだろう。
夏貴は大きな一歩を踏み出した。いつか汐に言われた、姉離れという大きな一歩を。
自分の居場所はここなんだと、確信に変わった。
晴れやかな笑顔を浮かべて、夏貴はこれから家族も同然となる鮫柄部員に声をかけた。
「僕も手伝います…!」