第9章 手を差し伸べてくれたのは
汐は味噌汁の椀を手に取り口をつける。
当たり前だが、自分が作るものとはまた味が違う。
これが凛が昔から食べてきた松岡家の家庭の味なのだろう。じんわりと汐の胸に温かく広がる。
「美味しいです、とっても」
「汐ちゃんのお口に合ったようでよかったわ」
続けて筑前煮を口に運ぶ。自分以外の誰かが作った煮物なんて久しぶりで、その味をよくよく噛み締める。
その後は普段とは違う凛と汐がいる食卓にテンションが上がった江が、凛と汐の馴れ初めを知りたがり、凛がとても恥ずかしそうにしていた。
家族に紹介するのは全く恥ずかしがらないのに、妹に付き合う前の甘酸っぱい恋愛話をするのは恥ずかしいようだ。
「汐ちゃんもお料理上手なんだよ!ねっ?おにーちゃん!」
「確かに汐が作る飯もお菓子もすげぇ美味い。それに生蟹を自分で丸茹でして食ってる高校生なんて汐が初めてだ」
凛は鰆を口に運びながらカニ祭りの時のことを話す。
カニっと掴み地獄で遙との勝負に熱くなり過ぎて捕り過ぎた蟹を汐に送ったら、後日見事な蟹の姿茹での写真が返ってきた。
「あら!そうなの!お料理はどなたかに習ったの?」
「昔お手伝いさんに少し、後は独学です。作ることも食べることも好きで、今までは夏貴…弟と一緒に作って食べてましたけど、最近は…ひとりですね」
ひとりですね、そう話す汐の笑顔が一瞬曇ったのを都は見逃さなかった。
汐の瞳をまっすぐ見つめると、都は口を開いた。
「ねぇ汐ちゃん」
「はい」
汐は味噌汁の椀を置くと、都の瞳を見つめ返した。
都は微笑むと、汐に優しく言い聞かせるように言った。まるで母が娘を慈しむように。
「汐ちゃんさえ良かったらいつでも食べに来ていいからね。凛と一緒に来てもいいし、もちろん汐ちゃんひとりでも。私たちは汐ちゃんのこと、本当の家族だと思ってるわ」
「…!」
見開いた汐の瞳に光が宿る。
目の前に広がる温かな食卓が滲む。
凛の母の言葉が汐の心に触れ、優しく抱きしめた。
「汐ちゃん…?どうしたの…?」
対角線に座っていた江が驚きと戸惑いが半々に表れた声で汐を呼んだ。
「汐?」
江の声を聞いて汐の顔を覗いた凛は驚いた。
隣に座る汐が、はらはらと涙を流していた。
瞬きをする度に零れ落ちる光の雫がじんわりと温かく広がってゆく。
「どっ、どうした急に!?」
慌てて箸と茶碗を置いた凛は汐の頬を伝う涙を拭った。