第9章 手を差し伸べてくれたのは
「…。今日はどうしても、ひとりぼっちで晩飯を食べさせたくなかったんだ。汐に、自分以外の誰かが作った飯を食べさせたかった…」
凛の言葉で都は何かを察したように、神妙な面持ちで昔話を始めた。
「昔、夏貴くんって子がうちに晩御飯を食べに来たことがあるの」
「え、夏貴が…?」
驚いた凛は顔を上げた。
自分が汐と出会う前に、江と夏貴に接点があったことは知らなかった。
「江が連れてきたの。なっちゃん家に帰ってもひとりでご飯がないから、って。確認しなくたって分かるわ、顔がそっくりだもの。彼、汐ちゃんの弟よね」
「…」
「後から江に聞いたんだけど、その日夏貴くんはとても寂しそうで放っておけなかったそうよ。噂話は好きではないけれど、狭い町内なのに、榊宮さんの奥さんを見かけたって話は誰からも聞いたことないのよね」
ひとつ間を空けて、都は続ける。
「…汐ちゃんも、きっとそういうことよね」
その一言で凛は思った。
あまり多くは語らないが、母はきっと凛が汐を家に連れてきた本当の理由を理解している。
「今日、初めて汐の口から家族のことを聞いたんだが…汐、泣いてたんだ…」
凛の声が揺れた。シンクを見つめる視界が滲む。
昼間聞いた汐の話を思い出すだけで胸が張り裂けそうなくらい苦しくなる。
「それで凛は汐ちゃんのことを思って、家に連れてきてくれたのね」
「ああ。…だけど、それは俺の独り善がりな押し付けなんじゃないかって今になって思えてきた…」
凛の家は、汐の環境とは真逆の家庭だ。
家族とは温かいものだと知ってもらいたくて、汐もその輪に入れてあげたくて連れてきた。
しかしそれは逆に汐の劣等感を煽ることになったかも知れない。
だって自分は、今まで汐の心の内を見て見ぬふりをしてきたのだから。
一度考え出すと止まらない。
「お母さんは凛のことを誇りに思うわ」
ひどく落ち込む息子を励ますように、母は優しく、そして強く言い切った。
「大切な人の為に涙を流すことが出来て、なにかをしてあげたいって思える。凛は本当に汐ちゃんが好きなのね…。お父さんもきっと今の話聞いたら一緒になって泣いてそうね」
お父さんも一緒に泣いてそう、そう言われて凛は目元を拭いながら勢いよく顔を上げた。
「なっ、泣いてねーし!」
「ふふ、強がりは誰に似たのかしら」
都はそんな凛を否定せず笑って流すと、こう言った。