第9章 手を差し伸べてくれたのは
「わたし、何がお手伝います!」
「あら!そんな、全然いいのよ!気持ちだけで嬉しいわ」
「そう、ですか?」
「もちろん!汐ちゃんはあっちで江と一緒にテレビ見て待っててね。スティーブも汐ちゃんと遊びたいって」
「にゃー!」
まるで都の話を聞いてやってきたかのようなタイミングで三度汐の脚に擦り寄るスティーブ。猫じゃらしのおもちゃを咥えて持ってきて汐の足元に置いた。
「汐ちゃーん、今テレビで芸能人筋肉王決定戦やってるよ!一緒に見よう!」
「あら、汐ちゃんも江と一緒で筋肉好きなの?それは一緒に見るしかないわね。いってらっしゃい!」
江の一言で恋人の母親に筋肉フェチということが明るみになる。
あまりの恥ずかしさに汐は頬を赤く染めて慌てだした。
恥ずかしそうな汐を見送るように笑顔で手を振る都。早く来てと言わんばかりに汐の腕を引く江。足元でだっこをせがむスティーブ。
汐は都の優しさに甘えて江と筋肉王決定戦を見ることにした。
「ありがとうございます。…よし、スティーブ、行こっか」
都にお礼を言って足元でじゃれるスティーブを持ち上げる。が、上がらない程では無いものの想像以上に重くて汐は驚いた。
「よい…しょ…。…スティーブ、きみはとてもとても可愛がられてるみたいだね?」
重そうにスティーブを抱えながらリビングの方へ向かう汐と入れ違うようにして凛はキッチンへ向かった。
「母さん」
「ん?凛、どうしたの?」
味噌を溶きながら都は凛を迎える。
「急なお願いしちまって悪かった」
「全然いいのよ。私も嬉しかったし、江も凛と汐ちゃんが来るって聞いて大喜びして今か今かと待ってたくらいだもの」
「そうか、ならよかった。…」
何かを言おうとしたが、口を噤んだ凛。
都は話の続きを待ったが、凛は黙ったまま。
「汐ちゃんの目元が赤かったけど、きっと泣いた後よね。何かあったの?」
ぐつぐつと鍋の煮立つ音で、都の声は凛にしか届かない。
「…」
「喧嘩じゃなさそうね」
汐の顔を見てすぐ気づいたのにあえて言わなかったのは、汐が笑っていたから。
もし凛と何かあったとしてもそれはふたりの問題で、母が口出しすることでは無いと思ったからだ。
しかしこの凛の様子から、喧嘩ではなさそうだ。
しばらく無言が続いた凛に、無理に話さなくていいと言おうとした時。
引き結んでいた唇が、絞り出すように言葉を紡いだ。