第9章 手を差し伸べてくれたのは
「江ちゃん。お邪魔します」
テンションの高い江を見つめる汐もまた妹を見つめる姉の目をしている。
一旦汐から離れた江は、今日の服装について触れた。
「汐ちゃん今日はスピラノジャージだ!初めて見た。おしゃれでかっこいいね!」
白地にフロントからバックにかけてネイビーの流線が入った上着。背中には英字でSt.Spillerno Swimming Clubの文字。
部活のジャージにしては確かに江の言う通りおしゃれでかっこいい上に品を感じる。
そしてこれを長身美女軍団のスピラノ水泳部のメンバーが着ると、高校競泳界の女王の名に恥じない迫力があるのを江は知っているだろうか。
こっちこっちと嬉しそうに手を引く江と、手を引かれながらリビングへ向かう汐の後ろ姿を、凛は微笑ましい気持ちで見つめながらついて行った。
リビングに入ると江は弾んだ声で母親に声をかけた。
「お母さん!お兄ちゃん達来てくれたよ!」
キッチンで夕飯の支度をしていた凛の母―松岡都は振り向き凛と汐の顔を順に見つめると優しく笑いかけた。
「凛、おかえりなさい。汐ちゃんも、いらっしゃい」
「お邪魔します」
品良くお辞儀をした汐の足元にふわりと何やらふかふかで温かくて柔らかいものが触れた。
「ひゃっ…!あ、スティーブ!びっくりしたぁ」
ふかふかで温かいのは、凛の家で飼っているハチワレ猫のスティーブだった。
とても可愛がられているからか、なかなかのわがままボディで白と黒の毛並みはつやつやだ。
立派なボディを惜しみなく汐に擦りつけるとその場に座った。
「スティーブ、ただいま」
凛はしゃがんでスティーブを撫でようと手を伸ばす。
しかしスティーブはそんな凛の手に、ぺしん、と猫パンチをお見舞いすると、ころりと態度を変えご機嫌な表情で汐の脚に擦り寄る。まるで男は要らんと言っているみたいだ。
「スティーブ…お前本当に分かりやすく女が好きだな…」
撫でようとした手を引っ込めた凛は悔しそうに呟いた。
都や江にはとてもよく懐いていて、会うのは2回目な汐にもこの調子なのに、凛にはまったく懐いていない。
いや、今日は引っ掻かれないだけマシなほうか。
凛と汐とスティーブのやりとりを微笑ましく見守っていた都は3人に声をかけた。
「夕ご飯、もうすぐ出来るから待っててね」
それを聞いた汐は、慌てて都の方へ駆け寄ると手伝いを申し出た。