第9章 手を差し伸べてくれたのは
いや、そう簡単に気持ちに折り合いなんてつけることは出来ないだろう。
どちらにしても、汐の口から家族の話が出てきたのは大きな進歩だ。
「特に夏貴はお母さんにそっくり」
「確かに夏貴は間違いなく汐たちのお母さん似だな」
「凛くんさっきお父さんに似てきたって言ってたね。…あたしもね、たまにお父さんに似てるって言われるんだよ」
「え?どの辺が似てるんだ?」
意外すぎる告白に凛は思わず立ち止まって汐の顔をまじまじと見つめてしまう。
「これだよ」
そう言って汐は自分の瞳を指さした。
美しいローライドガーネットの瞳が凛のことをじっと見つめ返してくる。
「目の色?」
「そう。あたしの赤紫の目はお父さん譲りなの」
父親には思うところがあるのだろう。次第に汐の瞳に陰が差し始める。
ゆっくりと、日陰の花へ向かっていく汐の表情。
「そうだったのか。俺の勝手な想像だが、汐のお父さんはすげぇgentlemanな人なんだろうな」
「ちょ…っ、凛くん発音…っ!」
せっかく少し元気になってくれたのにこの流れではまた笑顔を奪ってしまうと思った凛は、機転を利かせて意図的にジェントルマンを流暢に言った。急なボケに肩を震わせて笑う汐。
「やっぱ汐は笑ってた方が可愛いな」
「だからって…っ!」
ツボに入ったのかまだ震えている。
想像以上に笑ってくれてよかった。笑ってくれなかったらひとりで大スベリな上に気遣いが空回りするところだった。
「ねえ凛くん」
ひとしきり笑った後、落ち着いた汐はやわらかな笑顔を浮かべて凛に話しかけた。
「ん?」
「凛くんのお家に行ったら、凛くんのお父さんにお線香上げていい?」
「ああ、もちろんだ。ありがとな。親父も喜ぶだろうな」
凛の父―松岡虎一は汐と会ったらどんな反応をしただろうか。
父さんと同じで女を見る目がある、と言ってくれてたら嬉しい。
自分の家族の中に汐がいる、そんな幸せな光景を想像している内に家に着いた。
凛は玄関の扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり!お兄ちゃん!汐ちゃーん!!」
扉が開く音を聞いて出迎えにきた江は、汐を見るなり抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
いつも熱烈歓迎を受けるのは凛であるが、汐と一緒だと一目散に汐の方へ飛びつく江。
江は汐のことを本当の姉のように慕っている。よほど嬉しいのだろう。