第9章 手を差し伸べてくれたのは
そうしてまたしばらく目元のケアをしていた汐へ、おもむろに凛が問いかけた。
「なぁ汐、腹減ってねぇか?」
「そうだね、そろそろお腹すいてきたかも」
そうやって言われると汐は急に空腹感を覚えた。
時刻は17時を回る頃。
汐からするとそろそろ夕飯の支度に取り掛からなければならない時間だった。
瞼に乗せていた冷たいタオルを外して汐は起き上がった。
「その、もしよかったらなんだが…」
夕飯の献立を頭の片隅で考え始めたであろう汐に、凛はある提案をした。
「晩飯、俺ん家で食ってかねぇか?」
「俺ん家…って、凛くんの実家でってこと?」
「ああ」
凛の提案は、夕飯を実家で一緒に食べないかというものだった。
汐の表情に戸惑いの色が表れたのを凛は見逃さなかった。
「…いいのかな、あたし、邪魔にならないかな…?」
聞き覚えのある汐の不安げな質問。
それをはっきりと否定した。
「全然邪魔にならねぇし母さんも江も汐なら大歓迎だな」
凛の母も妹の江も汐と親睦を深める機会を楽しみにしている。
実家に帰ると毎回必ず言われる。汐に会いたいと。
それをそのまま伝えると、汐は遠慮がちに頷いた。
「…なら、お言葉に甘えようかな…」
「おっし。じゃあ決まりだな!」
未だに不安げな表情を浮かべる汐に笑いかけながら、少し強めに頭を撫でた。
「これ片付けながら母さんに連絡してくるから、汐はそのまま待っててくれ」
「ありがとう」
携帯電話をポケットにしまい、アイスペールを抱えると凛は部屋を出た。
キッチンのシンクに氷水を流し、簡単に洗ってトングやマドラー、ピッチャーがしまわれている元あった場所に片付ける。
そして母親に電話をかけた。
『もしもし、凛?』
2コールの後繋がった。電話越しに普段通りの優しい母親の声が聞こえた。
「ああ、母さん?さっきメールした話なんだが、汐からOKもらえた」
『わかったわ。ふふ、江も喜ぶわね…!支度して待ってるから、汐ちゃん連れて早くいらっしゃいね』
「ああ、ありがとう。じゃあまた後で」
『はーい。待ってるわねー!』
母の嬉しそうな声に凛は穏やかな笑みを浮かべると終話ボタンを押し、部屋に戻るべくリビングを出た。
実は汐に家で一緒に夕飯を食べないかと誘う前に、予め母親に汐の答え次第だがふたりで夕飯を食べに行っていいかとメールを入れていた。