第10章 花割烹狐御前
地獄にゃ珍しすぎる
生きた人間の匂いと気配
それからここいら界隈じゃ
有名な白澤の兄さんが
一緒に訪れたとあっちゃあ、
手前共はてんやわんやに
なっちまうってもんでしょう。
「おいおいマジかよ」
「誰だィあの妙ちくりん」
「白澤様の何だってのさ」
衆合地獄きっての上客と
わしの顔馴染みとくりゃ
お通しするのはとびきり
豪華な奥座敷に決まってらァな。
「ささ、どうぞ一献」
いつもどおり接客用の
笑みで鳴いてみせたが、
白澤様は一向に
お猪口を取ろうとしない。
天変地異の前触れか
三度の飯より女と酒好きの
神獣様が廓で正座してらァ。
「なァちょいと、薺よ。
白澤の兄さんは一体
どうなさったんじゃ?」
「放っといてあげなさい。
とても怯えているのです」
「ほお……?」
薺はなんで菩薩顔で
手を合わせとるんじゃ?