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薄桜鬼 蓮ノ花嫁

第10章 陰



「……一様」

「志摩子、何故あんたはそんな顔で廊下を走っている?」

「なんでも……ありませんっ」

「俺は以前、何かあれば迷わず頼れと言ったはずだ」

「……はいっ」

「どうしても、言いたくないと申すのか?」

「そうです……っ!」


 それでも、斎藤がその手を離すことはない。斎藤の力を振り切れる程、志摩子の力は強くはない。


「離して、頂けませんか一様」

「断る」

「どうしてですか!? どうして、私のことを放っておいて下さらないんですか!? 私が、話したくないと言っているんです。もうそれで話は終わりのはずです!」

「あんたにとってはそうでも、俺にとってはそうではない。今此処であんたを離せば、部屋に戻ったあんたは一人で泣くのか?」

「……っ」

「誰にも頼らず、ただ一人で抱え込み俺の知らないところで泣くのか? それは……嫌だ」

「変なこと、仰らないで下さい」

「あんたには、一人で泣いてほしくない」


 じわりと、志摩子の心の中へと斎藤の言葉が流れ込んでくる。気を抜けば涙が零れ落ちてしまいそうで、志摩子は必死に耐えていた。その行為でさえきっと、今の斎藤には見透かされているのかもしれない。

 一つ、足音が近付いてきた。


「一君、嫌がる女の子の手を強引に掴むなんて意外と大胆なことするんだね?」

「総司か……」


 突然現れた沖田は、斎藤の掴んでいる手を無理矢理引き剥がし、志摩子を奪い取る。


「総司……! 何の真似だ」

「ごめんね、これはまだ僕の役割だから。取らないでね。さあ、行くよ志摩子ちゃん」


 俯いていて、もう志摩子の表情を読み取ることは出来ない。そのまま去っていく二人を見て、斎藤は顔を歪めていた。


「俺では……駄目なのか」


 掌を見つめても志摩子の体温は、少しずつ消えていく。その感触でさえも。まるでその僅かな彼女の一部さえ、逃がしたくないとでも思っているかのように、斎藤は手をぎゅっと閉じた。

 それでも、彼女のぬくもりは容赦なく抜け落ちていった。

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