第10章 陰
「お前を呼んだのは、きちんと伝えておくべきことがあるからだ」
「……何でしょうか」
「先に行っておく。俺は。本当はこんなことを、お前に聞いてほしくないと思った。知らないままでいればいいと思った。だがそれは、俺のエゴだ。だから、伝えておく」
土方は真っ直ぐに志摩子を見つめる。
「風間千景に会った」
「……っ!!」
「俺らが敵を追っている最中に、だ。志摩子は元気かと、そう言っていた」
「そう……ですか」
明らかに志摩子は動揺していた。それを知った上で、土方は迷いながらも言葉を口にする。例え自分が伝えなくとも、結果はきっと変わることはない。ただ彼女が知るだけ。そうだったと、知るだけなのだ。
「風間から、伝言を預かってる」
「え……っ!?」
「"必ず、迎えに行く" そう……伝えろと言っていた」
「千景様が……っ!? 本当、ですか!?」
「……嬉しそうだな」
「え?」
「嬉しそうだなと、言ったんだ。お前にとって、奴はそんなに大事か? 大切、なのか?」
「……私にとって、千景様は恩人のようなお方。おかしなことを、仰らないで下さい」
「お前に必要なのは、結局あの男か?」
土方はいきなり志摩子の手を掴み、睨むように志摩子を見た。志摩子は戸惑いながら、視線を泳がせていた。
「と、歳三様……離して下さい」
「……っ。出ていけ」
「歳三様?」
「話はそれだけだ。もう出ていけ」
土方は手を離して、志摩子に背を向けた。志摩子が小さく、彼の名を呼ぶ。しかし、けして振り向くことはない。
「私にとって、千景様も新選組の皆様も……同じくらい、大切です」
志摩子は頭を下げると、すぐに部屋から出て行った。
廊下を走っていく志摩子に、ふと誰かの腕が伸びて彼女の足を強引に止めた。志摩子は視界がぼやける中、その者の姿を探して顔を上げた。