第10章 陰
「生きているという重み、自らの生き様を選び取る覚悟。私には、とても真似できないことでした」
「別に真似しなくていいよ。傍から見れば、僕らは生き急いでいるようにしか映らないのさ。でもそれでもいい、刹那の時を生きて……這いつくばってでも生きて。恥を晒しながらも、生き続ける。それが……本当に生きるってことだと思うから」
「私は変わりたいと思いました。変わらなくては、と」
「それが、あの大量の医学書?」
「……はい。私には、剣を取る勇気はありません。それに……私は、約束しているのです」
「約束?」
「とても……大切な約束です」
志摩子は初めて懐に大事に仕舞っていた小刀を、沖田の目の前に晒す。まさか志摩子がそんなものを持っていたとは夢にも思わなかったのか、沖田は目を丸くした。
「志摩子ちゃん……それは」
「大切な人から受け取った、小刀です。私はその方に言われました。けして、男の真似事などするなと。……女らしく、あれと」
「それが、約束?」
「はい。私はその言葉に頷き、守り通すことを約束しました。だから私は、千鶴様のようにはなれません。悔しいけれど……皆様と共に、戦に参ることも出来ません」
「……志摩子ちゃんってさ、真面目だよね」
沖田は肩を竦め、ゆっくりと話し始める。
「志摩子ちゃんは、自分が何も出来ないことを受け止めているんだね。偉いね、それこそ僕には出来ないや」
「総司様には不要かと……」
「自分の弱さとか、自分の不甲斐なさとか……そういう自分の弱い部分全てを、僕はたぶん一生受け止めることは出来ないんだと思う。志摩子ちゃんのように、何も出来ないことを認めながら何か出来ないものかと動き出すことも、出来ない」
風が吹く、二人の髪が揺れて靡く。沖田はそっと、志摩子の髪に触れる。