第41章 花嫁
「葉芽と花が同時に咲く野生の桜、ときたらやはり山桜が代表的ですね。知っていますか? 山桜の花言葉」
「いや、知らないが」
「"あなたに微笑む"だそうですよ。屯所に咲いていた桜は、これとはまったく異なる桜だったのかもしれませんが、この花言葉のように微笑みながら皆様をずっと見守って下さっていたのかと思いますと……何やら嬉しくも羨ましくもなりますね」
「羨ましいのか?」
「はいっ! だって、ずっと一様に見つめて頂けるなんて妬けます」
そんなことを言うものだから、斎藤は照れくさそうに微笑んでは隣に座るようにと、自分の横をぽんぽんと叩いて志摩子を呼んだ。志摩子は嬉しそうに歩み寄っては、再び斎藤の隣へと腰を下ろした。
「志摩子、俺はお前とこんなにも穏やかな時を過ごせるだなんて……本当に、あの頃は思いもしなかった。そうだな、初めて出会った時から俺が志摩子と二人で暮らすなどと想像も出来なかっただろう。けれど、心地よい変化だ。幸せは、何気ないところにあるのだな」
「私も、蓮水家にずっと箱入り状態だった頃のことを思えば、まさか一様と……このように共に在れる日が訪れるだなんて、予想さえ出来ませんでした。人生って、何があるかわかりませんね」
「ああ、そうだな」
斎藤は志摩子の肩に頭を預けると、ぽつりぽつりと語り始める。
「俺とお前が此処に来て、もうどれくらいになるだろうか。数えることをやめてから、随分と時が満ちた気がする」
「そうですね、越してきた当初は道場のことでひと悶着もありましたね」
「……あれは良い思い出だな。左利きの俺に、道場の師範がこの罰当たりが! と竹刀片手に追いかけてきた時は肝が冷えた」
「ふふっ、懐かしいですね」
「それからは……近所の夫婦が、初めての出産を迎えて……右も左もわからず旦那さんが必死に俺達を頼りに来てくれたこともあったな」
「そうでしたね。私達も、そんな場に立ち会ったこともありませんでしたし、一緒に慌てふためいていましたね。そしたら村長の奥方が、何しとるんじゃ! と走って来ましたね。とても心強かったです」
「生まれたての赤子は、可愛かったな」
「はい」
太陽の光を浴びながら、舞い散る花を眺め続ける。斎藤は、優しく志摩子の手を包み込みながら、言葉を続けた。