第35章 誓
「代わりはいくらでもいる。だが純血の女鬼に、代わりはいない。はやがて、時が満ちた頃……我が蓮水家の柱となるのだ!」
兄は残酷にも刀を振り上げ、泣き叫ぶ侍女達を嘲笑うように殺し始めた。私は恐怖から、既に動けなくなっていた。声が止むと、カランっと刀を床に落とすような音が聞こえてくる。足音が、近付いて来る。
逃げなければ! そうは思うものの……私の足は、身体は、恐怖で凍り付いていた。
「なんだ、志摩子。いたのか」
兄の声が降ってきて、辛うじて顔を上げた。すると兄は……血で濡れた顔を晒しながら、私へと優しく微笑んでいた。
「眠れなかったのか? 仕方ない子だ。少し待っていろ」
そう告げて兄は一旦引っ込むと、同時に水の音がした。たぶんだが、血を洗い流しているのかもしれない。
「待たせた。部屋まで送ろう」
兄は何事もなかったかのように私を優しく抱き上げると、そのまま階段を上り始めた。私は震える唇で、何とか言葉を紡ぎ出す。
「兄様……っ、先程のあれは……なん、ですか……っ」
「……見ていたのか? 侍女達のことなら案ずるな。お前に悪さを働いていたようなのでな、俺が罰を与えておいた。もう大丈夫だ、お前も傷つける存在はいなくなったよ」
優しく抱きしめてくれる兄が、とても恐ろしかったのを今でも覚えている。厳しいけれど優しいはずの兄が、あんな残虐な一面を持っていたなど私が想像できるはずもなかった。私は、優しい兄しか知らないのだから。