第34章 離
「土方さんっ、どうして斎藤さんを引き留めなかったんですか!? お二人は……っ」
「無理だろう。お前も言ったろう? 俺は志摩子が好きだ。好きだから、遠くで幸せになってほしい。けど斎藤は俺じゃねぇ、俺とは違うんだ。なら引き留めることなんて、出来やしねぇ」
「何を……っ」
「全てを投げ出してでも、志摩子を守ることを選ぶことは俺にだって出来る。でも俺は新選組副長だ、此処で何もかも投げ出せるわけがない。そんな俺に、志摩子を守る資格なんてもうねぇんだ」
志摩子を想う一人の男であると同時に、土方は新選組副長でもある。自らの立場の重さを、重大さを誰より己が理解している故に降す決断は非情なものだ。ただの男になるためには、様々なものを背負い過ぎたのかもしれない。
そんな土方に、千鶴は彼の服の裾を掴みぎゅっと握りしめる。
「土方さんが志摩子さんを大切に想う心があるのなら、それだけで十分だと私は思いますよ。それでも私は土方さんと……何処までも」
「お前も変わりもんだよ。俺に着いていこうなんてよ」
「だって、私は土方さんの小姓ですから!」
「……ったく」
斎藤は一人新選組を離れ、志摩子の元へ手がかりを一つだけ持ち江戸を出る。それを遠くから眺めている者の姿があった。
丘の上から、斎藤が走っていく姿を目で追う。
「風間どうしますか? 彼を追いますか?」
「志摩子のことか……。そうだな、奴を追いかければ志摩子には会えるだろう。だが俺にはそんな必要はない。何処にいようとも、俺なら志摩子を探し出せる。そろそろ蓮水家も本腰を入れる頃合いだ。俺達は俺達の、為すべきことを」
「そうですね……」
風間は赤い瞳をぎらつかせ、闇へと姿を消した。