第32章 翼
「俺も新選組の一人として、君を守り抜きたいと思う。君の笑顔と共に、いってきますと、ただいまを言えるように」
「山崎様……」
斎藤は立ち上がりたい衝動を抑えながら、ぐっと唇を噛んで下を向いていた。その様子を土方だけが知っていた。それぞれの想いが交差する中、自分達の守りたいもののために拾えない命と守れない今を胸に抱く。
彼らの手は、見えない血で酷く汚れていた。
「……以上だ。山崎と志摩子はすぐに支度をしろ」
現実は容赦なく襲い掛かる。誰の想いも無視するかのように。
山崎に場所の宛てがあるらしく、志摩子は一旦そこへ身を潜めることとなった。部屋を出る直前、志摩子は斎藤へと視線を向けた。僅かに重なった瞳は、静かに不安と孤独に揺れていた。
志摩子は不意に斎藤へと手を伸ばす。けれどその手が、彼の手を裾を掴み取ることはなかった。すり抜けては、大きな背中が彼女の視界へ入り込むだけ。呼び止める声は、なくしてしまったようだ。
「一様……」
名を呼びだけで、今は精一杯だった。
朝が来る。同時に志摩子と山崎は、誰に言葉を残すでもなく静かに屯所を後にした。朝日が昇る、顔を隠すように志摩子は大きな布を頭から被り直した。