第32章 翼
「志摩子を一時的に、屯所から離れたところに連れて行きたい」
「歳三様……?」
「今は少しでも隊士達の回復が先決だ。だが志摩子を屯所内に置いておくと、次にいつ敵がやってくるかわからねぇ。その時に、満足に俺はこいつを守れないんじゃないかと思う」
土方の言葉に、その場にいた者達は志摩子へと視線を合わせようとはしない。ただ一人を除いては。
「副長、つまりそれは志摩子を新選組から追い出すということですか?」
「……っ、そうじゃねぇ。だが実質それと同じなのかもしれねぇな……。宛てはない、だが何処か安全な場所で一人隊士をつけて志摩子を一時的に屯所から離れたところに行ってもらう。これは……副長命令だ」
「では、誰が志摩子の護衛をするのです?」
「それは……」
「副長」
二人の会話に割って入るように、山崎が声を上げた。
「自分に、志摩子君を護衛する任を与えてはもらえないでしょうか?」
「山崎が、か? だがしかし……」
「危険は承知です。ですが、組長達や副長に新選組から離れられるよりかは、俺が一番適任かと思います。どうぞ、この山崎をご指名下さい」
「山崎、お前の敵う相手じゃねぇとしてもか? それでもお前は、進んで志摩子を護衛するって言うのか」
「はい。確かに俺の力では、鬼に敵わないかもしれません。けれど俺の命を懸けて、彼女一人逃がすことは出来るかと思います」
「山崎様っ、なんてことを……! 私のために、そんな……命を懸けるだなんて言わないで下さいませ!!」
「志摩子君。俺はこれでも、君を見て来たつもりだ。君を守りたいって気持ちは、この場にいる誰もが抱いている確かな感情の一つ。副長も本当は、君を屯所から出したい等とは思っていない。だが現状、何かあった時に君を守れる隊士は限りなく少ない」
山崎は穏やかに微笑んで、志摩子を安心させるように静かに言葉を紡いでいく。少しずつ解けていく互いの絆、そして決断。此処が分かれ目。もしかしたら、離れてしまえば二度と会えなくなるかもしれない。そんなこと、志摩子を含めた誰もが心に秘めている。