第3章 霧
「俺の妻であるのなら、けして誇りを捨てるな。何があっても、何が起きても気高くあるのだ。いいな?」
「……はい。わかっております、心配なさらなくとも……」
「志摩子。お前に揺るがぬ意思はあるか、自分で選び取る力はあるか。はっきり言おう、今のお前にそんなものなどない」
「……」
「与えられた選択肢の中から選び取る程度では、正解とは言えないぞ。覚えておけ」
「……はい」
都が何度目かの夜を迎え始める。突然、部屋の戸が開けられた。
「おお、風間に蓮水志摩子だな?」
「……千景様、こちらの方は?」
長い髪を一つに束ねた男が、にやりと笑みを浮かべながら部屋へと入って来た。
「奴は我らと同じ鬼」
「志摩子姫、俺は不知火匡。まぁ、適当に覚えておけ」
「……不知火様、ですね。わかりました」
「奥にいるのは天霧か?」
「おう、そろそろ時間だからよ。そっちはどうするのかと思って。特に、その姫さんは」
不知火はちらりと志摩子へと視線を向けた。
「まるでお人形さんみたいだな。生きてるのか?」
「失敬な! 私は、ちゃんと生きております」
「……気は強い、合格」
「……はい?」
「不知火、用件を言え」
「いざって時、俺は姫さんの面倒は見れないからな。そんだけ」
「志摩子さん、初めまして天霧九寿です」
「あ……はい、初めまして……蓮水志摩子です」
不知火を無視するように、天霧と志摩子は呑気に挨拶を交わしていた。